北の端に街がありました。
街にはたった一軒だけ宿屋があって、そして、宿屋の屋根裏部屋にはおばあさんが住んでいました。
屋根裏部屋のおばあさんのところには、時々誰かが相談ごとに来たりします。
「私の息子は、今、どこにいるんだろうか。しあわせにくらしているんだろうか?」
たとえば、そんなことを相談に来るのでした。
お客さんの話を聞いて、おばあさんはしばらく考え込んでいました。そうして窓を開けると、風の音に耳をすませるのです。
――そう……
あんたの息子は南の国の港町で暮らしているよ。船乗りのようだよ。元気そうだ。
ほれた娘がいるようだなね。
いや、あんたの息子が、結婚を申し込む決心をしたところだよ。
いつでも、お客さんは少しだけ嬉しそうな顔をして、それから、静かに帰って行きます。
街の人々が相談ごとをもちかけると、風使いは風に尋ねます。そうして、風の音の中に風が伝えてきてくれた話を聞くのです。
風使いのおばあさんのいる街では、大切な約束はきれいな夕焼け空の下ですることに決まっていました。
きれいな夕焼けの日にした約束は決して破られることがない――と、街の人たちは言い伝えてきたのです。
大切な約束をするときに、とびきりの夕暮れ空にしてもらうために、この街には「夕暮れ屋」がいました。
大切な約束をしなければならないとき。たとえば、ずっとこれからも変わらずあなたを愛します――とか、そんな約束をするときには、人々は夕暮れ屋のもとを訪ねました。
いついつこういう約束をするので、その日は必ずきれいな夕暮れにしてくださいねと、そうお願いするのです。
そうして、約束の日がきます。
街外れに夕暮れ屋がテントを作ります。人々はテントの中で夕暮れ屋を待ちます。
夕暮れ屋はテントの外で、きれいな夕暮れになってくれるようにと祈るのです。
やがて、「今日も良い夕焼けですよ」と、そう言って、夕暮れ屋がテントに入ってきます。
それから、厳かな気分で約束を交わすのです。
時々は、約束が破られてしまうこともありました。
でも、それは、きっと、夕暮れ屋が嘘をついたからなのです。夕暮れ屋が言ったように、ちゃんときれいな夕暮れ空の下で約束をしたとしたら、約束を破ることなんて無いのですから。
そういうわけで、約束が破られたときには、人々は夕暮れ屋にお金を返してもらったのだと言います。
北の街には雨屋もいました。
日照りが何日も続いて、困るようになると人々は雨屋に雨を降らせてくれるように頼むのでした。
雨屋に注文するときには、いつもひとりきりで出かけなければなりませんでした。昔からそういう決まりになっていたのです。そうして、雨屋に注文したことを誰にも話してはいけないことになっていました。
本当は雨屋がどこにいるのかはっきり知っている人はいなかったのです。それでも、日照りが続くとだれそれが雨屋に行ったとか、もう少しで雨屋に行った人の数が揃うのだとか、そんなうわさが流れるのでした。
雨屋は、注文がまとまると雨を降らせたと言います。だから、人々は、日照りが続くと雨屋に注文にゆき、雨屋は雨を降らせたのです。