純君の近所に、とても古い家があります。そこには、おばあさんがひとりで住んでいるのです。夏休みが始まってしばらくして、その、古い家を探検しようと、健太君がいってきました。
健太君の「情報」によると、そのおばあさんは「ひとくいおばば」だということです。
純君は、探検もいいかなと、そう思いました。「ひとくい・おばば」なんて、本当だったらすごいことです。
「じゃ、今晩九時決行だ」
「了解」
夜が来て、純君がこっそり家を抜け出してみると、健太君が外で待っていました。
「待った?」
「いや、今来たところだ」
健太君も、ちょっと興奮しているようです。
しばらく歩くと、いよいよ、「ひとくい・おばば」の家です。二人は音を立てないように、まわりを調べます。どこから忍び込んだらいちばん安全かとか、人を食べた証拠のガイコツが、どのあたりにおいてあるだろうかとか、そんなことをじっくり見てまわります。
「どうする?」
「やっぱり、裏口から入ったらどうかな」
「そうだな。木がはえているから、隠れるのにもいいかもな」
「ああ」
いよいよ、裏口から忍び込みます。なんとしても、「ひとくい・おばば」の証拠を持って帰らなければなりません。
純君と健太君は慎重に進みました。木の幹のあたりで様子をうかがい、じゃんけんで健太君が先にいくことになりました。
先に行った健太君に何かあったら、おばばが油断をしているすきに飛び込んで健太君を助けるのが純君の役目です。
「じゃ」
「ああ」
そういって、健太君が少し歩いて行きました。
「誰だ!」
「わぁ!」
おばばの声です。健太君のピンチに違いありません。純君は慎重に母屋のほうを覗き込みました。
ドキ。
健太君が庭で尻餅をついています。その先では、おばばが包丁を握り締めて健太君をにらんでいるではありませんか。
「ひとくい・おばば!」
純君は思わず叫んでいました。
「ばか、逃げろ、純」
こちらは、健太君です。
おばばは、こちらを見て、ちょっと驚いたようです。純君は恐くて、ちょっと後ずさりしました。でも、こうしている間にも、健太君が食べられてしまうかもしれません。そう思うと、純君は「わぁ!」と叫んで、おばばに突進していました。
純君が突進すると、おばばは驚いて、純君のほうばかり見ていました。そう、健太君だって尻餅をついていたばかりではありませんでしたよ、おばばがひるんだすきにちゃんと逃げ出したのです。
さて、命からがら逃げて帰った純君と健太君ですが、家に帰ってから散々に叱られてしまいました。おばばは、二人のことを知っていたんですね。
「だって、あれは、ひとくい・おばばなんだよ。ちゃんと証拠を探してみんなに教えなければ」と健太君。
これを聞いて家の人は大笑いだったそうです。だってね、「ひとくい・おばば」じゃなくて、「ひとをくったおばば」だったんですって。
え? ひとをくったって? そうそう、ひとをびっくりさせるようなことばかり言うひとを、「ひとをくったひと」って言うんですよ。
二人は、家の人につれられておばあさんに謝りに行ったのです。おばあさんは、夜中に忍び込んだのは悪いことだけど、健太君を助けに来た純君や、純君にすぐ「逃げろ」といった健太君が気に入ったというので、スイカをごちそうしてくれました。
「きのう、ちゃんと玄関から入ってきたら、ちょうどスイカを切るところだったのな」
おばあさんはそう言って笑っていました。