西の街のキラ


4 400 95/07/01 22:07:21 ERIKA 『西の街のキラ』 プロローグ
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「だますのなら、最後までだまさなきゃね」
罵声に包まれて、君はほほえむ。

そのまま歩き続けて、
呪いの言葉の中で息絶えた君の物語を、
ぼくはきっと誰かに伝えるだろう。

伝えられなかったとしても、
きっと覚えておくだろう。

 

 偶然というのは、実にあるものらしい。この詩を後生大事に持っていたからキラの話を聞き出すことができたんだから。
 5年くらい前になるか。本をぱらぱらした拍子にこの詩を見つけて、そして、いたく気に入ったものだから、後生大事に持ち歩いていた。初めの頃は、それでも作者が見つかるんじゃないかと思ったりもしたけれど、正直なところ最近はとりあえず見せてみるだけてなものかな。

 おれは「西の街」に出かけていた。今度出す予定の『短編集』の取材って訳だ。西の街は砂漠とオアシスと海岸に挟まれた小さな街だ。小さな街ではあるけれど、地の利から、陸路海路を問わず、また、陸路と海路との中継点として栄えた街だ。当然人の流れも多い。船員や隊商をあてこんだあれこれの商売人も来る。そう、とにかく人の流れが多い。『短編集』のネタを探すにはちょうど良いって訳だ。
 キラは、そんな「商売人」のひとりらしく、その夜も酒場で歌っていた。歌い手を見つけると、まずは例の「詩」をみせる……いつものパターンだな。

「ちょっといいかい」
「あら、どんな御用?」
「ちょっと見てもらいたい詩があるんだけど」
「私、歌ってるからっていって、詩はそんなに詳しくないわよ」
「そう言わずに、ちょっとみてもらえないかな?」
「まあ、保証はしませんけれど……どうぞ」

 後で聞いたことだが、キラは最初おれが自分の詩を見せようとしているんだと思ったらしい。実際、そういう頃あよくあるらしく、キラも多少辟易していたらしい。
 おれは、キラに例の詩を見せた。
「あなたがお書きに?」
「いや」
 おれはこの詩を見つけたいきさつを話し、あんたは歌ってるんだから詩にも詳しいだろうから、ひょっとしたらこの詩を書いた人間を知ってるんじゃないかと尋ねた。
「心当たりはないです、申し訳ないですけど」
「そうか、まあ、めったに見つかるもんじゃないよな」
「それにしても、そんなにお気に入りなんですか?」
「ああ、まるでナイフを突きつけられた気分だったな」
 その後、おれが西の街に、『短編集』のネタ探しに来たことを話すと、キラは、快くネタの提供に応じてくれた。どうやら、おれが持ってきた詩が妙に気に入ったというのも、理由だったらしい。
「わたし、ひとつきばかり歌ってるから、この時間なら会えるわね。あまり長くは困るけど」

 その夜から、おれはキラの話す短い物語を書き留め始めた。

4 401 95/07/02 21:20:27 ERIKA 『西の街のキラ』 第1夜
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「アミって人がいたの……」
 キラは話し始めました。

 キラが、以前内陸の宿場町に泊まったときのことです。アミは、キラの泊まった宿のおかみでした。
 その街は、主要な街道からは、少し外れていました。けれど、そのあたりには他に宿を仕立てるための手頃な街がなかったものですから、次の宿場までに日が暮れてしまう時など、旅人がよく立ち寄ったそうです。
 実の所、街の人々は旅人を歓迎してはいませんでした。旅人は、何か良くないもの――はやり病だとか、この街では見ることのできない食べ物だとか、間違った考え方だとか――を持ち込むからです。
 しかしながら、この街では、旅人が置いてゆくお金なしには生活できなかったのですが。

 だから、旅人は、この街には一晩しか泊まることはできませんでしたし、人々は旅人から料金を受け取ると、旅人と話をしようともしませんでした。アミのような
「変わり者」を別にしたら。

 アミはキラとあれこれを話し、最後に身の上話を聞かせてくれたそうです。
 それによると、この街で初めて「歌」を歌ったのは、アミの母親であったということです。ある日旅人が置いていった雑誌に、「深い森を揺るがすようなコーラス」という一節を見つけて、彼女は「コーラス」を探しに街を出ました。
 もちろん、この街の人々は、歌うことを覚えて帰ってきたアミの母親に、歌を禁じました。アミは、彼女の母親があれこれの仕事の合間に、誰かに聞かれるのを恐れながらも、それでも、歌い続ける姿を見て育ちました。
 母親が亡くなって、アミは彼女の歌を受け継ぎました。
 アミは、彼女の母親よりは、少しばかり積極的でしたので、彼女の宿に泊まる旅人たちに、歌を聞かせることにしました。そう、なにより、アミは誰かに聞いて欲しかったのです。アミの歌を聞いて、旅人が別の歌を歌うこともありました。そんなとき、アミは旅人の歌をノートに書き留めておくのでした。

 アミにはルンという娘がいました。
 自分が亡くなった後で、ルンがどうやって自分の歌をついでくれるのだろうかと、アミは心配していました。ルンが歌を忘れてしまうのが心配なのではなくて、ルンはきっと、自分よりもっとおおっぴらに歌を歌のではないかとアミは心配しているのでした。
 街の人がつらく当たるのは分かり切ったことです。それがわかっていて、人々の嘲笑の中で歌う姿を想像しても、それでも、アミはルンに「歌を忘れなさい」とは、言えないでいるのです。

 キラは、そんなアミに、『祈り』という歌をプレゼントしました。

「まだ、きっとアミは元気にやっていると思うわ。ルンがおかみになったころには、また行ってみたいな」
 と、ルンが歌い、街に歌声があふれる光景を想いながら、キラはお話をおしまいにしました。
 そうそう、キラは最後にこう言ったのです。
「アミに出会って、私は歌を歌い始めたんですよ」

4 402 95/07/03 21:42:56 ERIKA 『西の街のキラ』 第2夜
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「雨ね……砂漠で雨に降られるのは、珍しいわ」
 キラは雨が降ると、こんな話を思い出すのだと言う。

 「雨の街」には、カリラという少女がいました。
 彼女は風変わりなところがあって……というのは、雨が降ると、普段家の中にいることの多い彼女が、決まって出かけるのだというのです。
 だれしも、雨に濡れるのは嫌いですから、やはりカリラは、少々変わった娘なのだと人は思うのです。

 キラは雨の中でカリラに出会いました。
「こんにちは、ここはいつも雨ばかりなんですか?」
「ええ、雨の日のほうが多いわよ」
「そう、大変ですね」
「みんなそう言うわ。ああ、確かにみんな大変そう。でも、雨はいろんなことを教えてくれるのにね」

 キラは彼女に「暖かい雨」と「冷たい雨」のことを教わったそうです。
「寒い夜に降る暖かい雨は春を知らせてくれるし、暖かい夜の冷たい雨を感じると、そろそろ冬支度だわ」
 キラは、雨のことを教わったお礼に、なにかあげようとして、結局何もあげられるものがなかったのが、ひどく残念だったと言いました。

 それ以来、キラは――未だに雨に濡れるのは苦手だそうですが――雨が降ると、雨の音を聞き、そして雨を手に取るのだと言います。
「本当に素敵な人だった、誰も彼女の素敵なところを知ろうとしなかったけれど」
 キラの話によれば、カリラは盲目だったそうです。

4 404 95/07/04 20:56:20 ERIKA 『西の街のキラ』 第3夜
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「彫刻の小径という所があって……」
 キラは、北の国の港町に立ち寄ったときのことを話してくれました。

 名前にふさわしく、通りには、彫刻が散在していました。風を聞きながらうずくまる少女、年老いている風でありながら荷物を持って軽やかに歩き始めようとする旅人、そして、磨き抜かれた直方体の奇跡。
 そんな中に、まるでわすれらたようにたたずむ彫刻を、キラは見つけたのです。

 それは、彫刻と言うには、少しばかり変わっていました。
 薄汚れた四角の固まりが無造作に置かれています。その表面だって、ぼろぼろに見えます。そして、その上には、これまたぼろぼろの三日月がひとつ浮かんでいます。
 三日月がなければ、キラだってゴミではないかと思ったことでしょう。

 けれど、ぼろぼろの三日月に、キラは思い出してしまったのでした。
 キラは、砂漠の生まれでした。夕暮れになると三日月が集落を照らし出します。
 キラの生まれた街では、砂漠の中でワジの水脈に頼って生活をしていました。ワジは長い間に少しずつ水路を変えたそうです。内陸よりの丘のふもとから、ゆっくりと海岸よりに移動しました。
 そう、生まれた街で、キラは丘のふもとに広がる、いまは誰も住まない廃虚と、それを照らし出す月を見ていたのです。ワジが移動するに従って、何十年かに一度街がまるごと移動するのです。
 もう何年も人々はそうして生活してきました。
 丘のふもとで、三日月は、多分百年前の人々の生活の跡を照らしていたのです。

 これが、キラが通りがかった「彫刻の小径」で見た――あるいは、思い出した光景です。キラは、この彫刻の作者と出会うことがあるでしょうか。なかったとしても、キラはキラの思い出を通して、あるいは、この彫刻家を感じとったのかも知れません。

 最後にキラは話しました。
「アミ、カリラ、そして、名前も知らない彫刻家。この三人で、私の歌はできてるの」

4 406 95/07/05 21:04:47 ERIKA 『西の街のキラ』 第4夜
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「ちょっと、あんたね、あんまりうちの子を煽らないでくれる。あんたは、いい気になって勝手なことばかりべらべらしゃべってればいいんでしょうけどね、おかしなことをあれこれ吹き込まれて、おまけにお金まで取られて、こっちは良い迷惑だね」

 占いか。「西の街」のように人々の行き交うところでは、占いというのは確かに良い商売だ。そう思ってみると、占いをやっているのはキラだ。しかし、夜は酒場で歌って、昼間は辻で占いか。キラもなかなか商売熱心ではあるな。
 まんざら知らぬでもないし、声をかけてみようかとも思ったが、あの客の様子では、うかつに出ていかないのが良いか。

「あんた、うちの人がどうなったか知らないんだろう。まあね、知ってて、それでうちの息子に船乗りになれなんてたき付けたんなら、ただじゃおかないけどね」
「どうなさったんですか?」
「死んだんだよ、海で」
「それは……ご愁傷様です……」
「ふん、うちに船乗りになれなんてたきつけるようなあんたに、言って欲しくないね」
「それは……違います」
「何が違うんだい」
「私は決してたきつけたんじゃありません。あなたの息子さんの思いに気づいてもらおうと……」

 キラの言葉がとぎれた。あの女、キラをひっぱたきやがった。
 おれはたまらずに駆け出そうとした。
「あなたの息子さんの思いに気づいてもらおうとしただけです。まず、自分の思いに気づかなければ、なにもできませんもの」
 キラの短い台詞が終わるまでに、さらに2回平手が飛んだ。
「はん、そこでいつまでも馬鹿言ってればいいわ」
 結局逃げ出したのは女の方か。

 その夜、キラは酒場に現れなかった。
 昼間、占いのテントで何を話したのか、なぜ、殴られたままでいたのか、尋ねてみたいことは、いろいろあった。

 今夜の物語は、彼女自身が昼間見せてくれた姿で充分だろう。

4 407 95/07/06 21:10:39 ERIKA 『西の街のキラ』 第5夜
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「昨日、来なかったな」
「ごめん、ちょっと調子悪くて」
「あやまることはないけどな……あんた、占いもやってるんだな」
「あ、ばれちゃったか。別に隠してた訳じゃないけどね」
「そうだろうな、あれだけおおっぴらにテント掛けてやってるんじゃ、隠してるようには見えないな」
「ふふ、そのうち何か見てさしあげましょうか?」
「そうだな……それはそうと、昨日はだいぶもめてたな。どんな話だったんだ」
「そうね……、ないしょ。とりあえず」
「ないしょ……か」
「うん。あ、それよりも、私ばっかりお話しするのって、ちょっとずるいわ。おじさん、作家なんでしょう、何かお話を聞かせてよ」
「作家って言ってもな……ま、ずるいとまで言われちゃしょうがないか」
「そうそう」

 正直なところ、今夜はキラの打ち明け話でも聞こうともくろんでいたのだが、こう切り替えされたら仕方がない。一応、「作家」なんて名前が付いているんだから、何か話しておくか。そして――おれが思うには、キラは、話したくなったなら、昨日の占いのことを何か話してくれるだろう。

 おれは、鞄をひっくり返して、『雪塚』の本を取りだした。砂漠にはちょっと似合わないな。雪に包まれるふもとの村の恋愛ものだ。
「似合わない」
「悪かったな」

 ――ぼくが君を好きになったのは、君がぼくのことを笑わなかったからじゃない。
   逆なんだ。君はぼくが夢中になるような女の子だから、ぼくのことを笑わな
   かったんだ――
「でも、ここのことろは、とても良いと思うわ」
「おだてるんじゃないよ」
「あら、私、プロの書き物をおだてるようなことはしないわよ」

 キラは、占いのことを少しだけ話してくれた。
「夢を見ましょう……って、まず、そう言ってみるの。馬鹿にして笑い出す人と、突然怒り出す人ばかりね。そして、時たま、ほんの時たまだけど、少し悲しそうな目をしてうなずく人がいるの。私が占いをやってるのは、そういう人たちを見つけたいから」

 キラはそれ以上何も話さなかった。

4 409 95/07/07 23:57:10 ERIKA 『西の街のキラ』 第6夜
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「あの詩ね、私が書いたの」
「あの詩?」
「だますのなら、最後までだまさなきゃね」
「しらないって言ったろうが、あんた」
「うん……ちょっと恥ずかしくてね。これで信じてもらえるかしら?」

 そう言うと、キラはノートを広げて見せた。『風の記憶』や『遠い夜』や『砂漠の雨』といった作品は、確かに、おれが探していた「彼女」のものだ。
「そうか、それで……」
「ふふ。いくら昔のものとは言っても、自分の書いたものを誉められて悪い気はしないものね。おまけに、それからずっと持ち歩いていてくれたなんて、ちょっとインパクトはあったわ」
「あんまり簡単に話に乗ってくれたとは思ったよ」

 おれも、いままでの経験ってやつで、もっと早く気づいても良かったな。「何か話を聞かせてくれ」っていうだけでも、あれこれ気を使ったりしなきゃならないってのに、ひとつきも毎晩つきあってやろうなんて、うまい話はただはないか。もっとも、キラだって、おれのおごりで毎晩酒を飲んではいるのだが。
「で、あんたとしては、おれが『だますのなら、最後までだまさなきゃね』を見たせいで作家になったんだよ、なんて言うのを期待しているわけか」
「あら、期待しちゃいけない?」
「いけなくはない。それに半分はあたりだ」

 おれはキラの詩を見つける前から、少しばかりはものを書いていたから、『だますのなら、最後までだまさなきゃね』がきっかけで作家を志したって訳じゃない。けど、まるで飾り気がなくて、それでいて、ナイフでも突きつけてくるような、あの詩を見つけて、自分でもこんな詩が書きたかったんだな……なんて思った。
 いまのおれの書いたものなんて――そうか、キラにはわかってしまったんだろう、『雪塚』を見せちまったからな――キラの詩にそっくりだよ。

「こら、なににやにやしてるんだ」
「だって、やっぱりうれしいじゃない。『ナイフでも突きつけられたみたいだ』なんて言ってくれた人なんて、おじさんくらいなものよ」
「そのくらい言っても誉めすぎじゃないと思うがな」
「うん、ありがとう。そしてね、そんなに誉めてくれたおじさんが、『君はぼくが夢中になるような女の子だから、ぼくのことを笑わなかったんだ』なんて書いてくれたんだもの」

 それは誉めすぎだと思うぞ。

 キラは、また、「同類」を見つけたかも知れないと言ってくれた。
 「同類」という言葉が、何となく不自然で、もっと何かを聞き出そうとしたけれど、キラは、もうちょっと待って欲しいと言った。

 今夜の話にはおまけがある。
 おれも長年あこがれ続けた『だますのなら、最後までだまさなきゃね』の作者を目の前にしたのだから、少々はしゃいでしまって、おまけに、それにつきあってキラまでが大いに飲んだ。そして、夜通し歩いた後で、季候はそれほど悪くもなく、キラが構えた占いのテントでおれ達は、一晩を過ごした。

4 412 95/07/08 21:54:55 ERIKA 『西の街のキラ』 第7夜
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「どうしたの?」
 キラが間延びした声を掛ける。2人して、どちらもそんなに強くないのに、無茶して飲むもんじゃないな。
「あー、やっぱり、この世に二日酔いってのは、存在してたんだ」
 今日のキラは、いつになく間が抜けている。

 あたりがざわめき始めたのに気づいて、おれは目を覚ました。案の定しっかりキラを抱きしめていた。そういう状況下でも、行き着くところまでには、だいぶ距離を残していたようで、おれは妙に安心したのだが。
 一応、テントは夜向きに「玄関」を閉ざした状態だったので、おれ達の様子は、誰にも目撃はされなかっただろう。もっとも、目撃されたところで、街道沿いの市場だ、女が自分のテントに男を連れ込むなんぞ、そう珍しいことでもない。珍しいことではないが、おれは、キラがそういう女と同類だとは、思われたくはなかった。ちょっと変だろうか。
 同じ二日酔いでも、キラの方がダメージが大きかったようだ。そもそも、こんな商売をしていながら、生まれてこの方初めての二日酔いだとかで、完全にまいっている。つらいながらも、おれの方が分が良さそうだ。

 おれは、外に出るとパンとバターを調達してきた。さすがは市場というべきか、こんな所でもパンとバターくらいは手に入るものだ。
「ありがと」
 キラが、「開店」を断念して、休業の札のかかったテントで食事が始まったのは、それからまた、ずいぶんたった後だったけれど。

 おれ達は別れて、夜になると、酒場で再会した。
「あ、今夜は遠慮しとくわ、お酒」
「それがいいかもな」

 キラは、今朝のパンがやたらにおいしかったと改めて礼を言うと、それにしても、バターだけだと食べる気にはならないけれど、パンとバターの取り合わせは最高よねと言って、おれの方を見た。
「ほら、それが、おじさんの悪い癖だって」
「何が?」
「私が何か、とっても意味深なことを言ったんだと思ったでしょう? パンとバターの取り合わせって、何か深い意味があって……みたいな」
「それがどうした」
「だからね、パンとバターの話は、パンとバターの話でしかないってこと。変に気を回したら疲れるだけよ」
「まいったな。ああ、別に今夜も一緒にいようなんて考えてないから安心しな」
「ま、そこまでは考えてなかったけどね」

 最後に、明日は、コンディションも戻っているだろうから、もうちょっとちゃんと話せると思うわ――と、キラは言い残した。

4 413 95/07/09 20:09:03 ERIKA 『西の街のキラ』 第8夜
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「やっぱり砂漠で雨が降ることの方が珍しいのよね」
 キラは、かなり辟易しているようだが、砂漠に来て、雨が降らないことを嘆いても、様にはならないな。
「わかってるわよ。私だって砂漠で生まれたんだし。この間の雨が良くないな。あれで、ここは雨のが降るような世にも珍しい砂漠なんだって信じちゃったじゃない」
「あんたでも、そういうことがあるんだな」
「そりゃ、私、根はいい加減だもの」

 キラの言葉で言えば、「今日は、こともなし」だったそうだ。
「そりゃ、いくらなんでも、毎日いざこざ起こしちゃいないわよ。ううん、どちらかと言えば、あの、『ぼうや』みたいな人に出会うのは希だわ。でも、良くしたもので、希ではああるけど、どこに行っても、ひとりやふたりはいるわね」
「いつかの、怒鳴り込まれた件か」
「そう。って、本当はお客さんのプライバシーなんて漏らしちゃいけないんだけど、おじさんがあの『ぼうや』に会うこともないだろうし、いいわよね」

 キラの言うところの「坊や」は、あの日、「自分は船乗りになれるだろうか。どうしたらなれるだろうか」という相談を持ち込んだ。キラの答えは、至極簡単なもので、「あなたが、船乗りになりたいんだったら、そう思っているのだったら、きっとなれるわ」というものだった。
「あんた、そのどこらあたりが占いな訳だ?」
「あら、気にしちゃいけないわ。嘘は言ってないでしょ?」
「たしかに、嘘だとは言い切れないが……」

 キラの持論によれば、彼女の「占い」は、「忘れていることを思い出させる」だけなのだと言う。
「それで、船乗りになれなかったらどうする?」
「当たらぬも八卦」
「それはひどいんじゃないか?」
「でもね、『きっとなれるわ』って言った方が、なれる可能性って高いわ」
「…………」
「それだけ、当たりやすくなるってもの」
「『なれません』って言ったら百発百中じゃないか」
「それじゃおもしろくないでしょ」
「だからどなりこまれたりするんだ」
「そうね……あの子のおとうさんってね、船乗りだったの。そして、海で亡くなったそうよ」
「あんた、それを知ってて?」
「そこまでは知らなかった。家族が大反対してるのは、雰囲気でわかったけど。そこまで知ってたらちょっとひるむわね」
「案外単純なやつだな、あんたも」
「うん……」

 キラはそれ以上反論しなかった。おれは訳もなくキラがいとおしかった。

4 415 95/07/10 22:36:07 ERIKA 『西の街のキラ』 第9夜
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 ちょっと不思議な気がする。
 キラはどうやら砂漠の生まれらしいし、これまで砂漠で過ごしたことの方が長かったはずだ。「雨の街」の話をしてくれたところを見ると、砂漠ばかりを歩いていたという訳じゃなさそうだけど。
 それでいながら、キラの原風景――なんていう生硬な言葉はやめるか――キラの隣で感じるのは、湿潤な街の風景なのだ。

「今日も一日晴れた――そして、暑い日が続くのかと思う朝。そういうときの風って、涼しいのよね。ああ、夏の――って、ここじゃ年中だけど――朝の風って素敵」
 キラはそう話した。
 目が覚めてみると、空に雲が広がっていた。そんな馬鹿な――ああ、海の上空ね、ここは海が近いんだった。
 キラの言葉によれば、その光景が、「悲しいほどきれいな青空」だったので、キラは、海岸まで出かけて、空を見ていたらしい。

 今夜、ここまで話すと、キラはポツリと言った。
「それにしても、この街には水が多すぎるわ」
「なに?」
「あ、そのあと、街を歩いたんだけど――そして、改めて思ったんだけど、この街ではいたるところ水があふれているの。砂漠の街だというのに」
「オアシスと、ワジを控えて、実際に水が多いんだろう」
「ううん、本当に水がある街は、こんな無茶はしない」

 確かに『西の街』には、水――噴水やら、小さな池やら、そして、意味もなくぶちまけられた水が、あちこちにあふれている。このあたりの砂漠の街で、道が濡れている街は珍しいな。
 だからそれがどうだというのだ。

 正直、おれはキラの話が分からなかった。そう言えば、、昨日の話も突然にとぎれたままだな。
 おれは、キラが何かを考えているのだけはわかった。

 微熱。突然に単語が思い浮かぶ。キラは何かにうなされているような気がした。高熱じゃない。忘れてしまいそうなほど些細なことなのに、思い出すと、気になって仕方がない。キラを襲う――本当に些細な、形すらない――微熱。
 もう少しそっとしておけば、キラは、自分で、自分の中の微熱の姿に気づくだろうか。

4 416 95/07/11 23:53:03 ERIKA 『西の街のキラ』 第10夜
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「お化粧道具は持たないキラだが……」
「どうした、妙に浮かれてるじゃないか」
「ふふ、あざを隠すくらいはおてのもの……ってね」
「な……」
 確かに、いつものキラと比べたら、化粧は濃いかも知れない。
「どう、わからないでしょう?」
「あざって、本当か?」
「うん。これだけ近くでばれないくらいなら、大丈夫ね」
 キラは、そう言うとステージに向かった。

 ステージのキラはいつもと変わらないように見えた。
 短い歌を何曲かこなすと、しばらくフルートを吹く。それがキラの流儀だ。
 キラの言うには、仲間内でもフルートってのは、珍しいそうだ。それはそうだろう。とにかく笛の類じゃ、伴奏にはならないものな。
「だって、もって歩くのに一番楽だもの。リュートだったりしたらかかえなきゃならないものね」
「そんなのが理由になるか?」
「それに、多少濡れようが、雨に降られようが平気だものね……なんて言ったら、ハルカ――って、私の歌の先生なんだけど――怒るだろうな」
「フルートの音が実に素敵だから……とか、そういうちゃんとした理由はないのか?」
「なきゃいけない?」
「あったに越したことはない」
「ものは考えよう」
「なに?」
「私ね、帰るところ無いの。いろいろあってね。で、始終あちこち歩いてるわけだから、身軽じゃなきゃこまるのね」

 身軽じゃなきゃ……か。
 ステージのキラを見ながら、おれは以前の会話を思い出していた。
 見ぐるみ抱えて旅するやつのどこが身軽だ……と思ったが、ふと、あれが、キラの持ち物の全部かと思うと、なんとなく、不思議な気持ちにはなる。
「とりあえず着替えが3日分あって、身だしなみを整えるくらいのことはして……」
 確かに化粧っけの無いやつだ。

「お待ちどうさま」
 キラがステージから降りてきた。
「あざができたなんて、どうしたんだ? ころんだのか?」
「殴られたの」
「なに?」
「殴られたっての。そろそろ、殴られそうな気はしてたのよね」
「なんだってまた」
「街道の向こうの村に、好きな娘がいるんだけどどうしようか……って、相談されたから、お花でも持って会いに行ったらいいわって言ったの」
「で?」
「行ったは良いが、見事に振られた……んだって」
「で、そいつになぐられたのか?」
「ううん、彼の、『彼女』だっていう人かによ」
「ひどい目に会ったな」
「このくらい、いつものことよ。だから、お化粧は下手なのに、あざの隠し方だけは一人前って訳。まあ、あざがあったって気にはしないだけど、ステージに出る関係、そう言うわけにもね」
「いつものことって……占いなんかやめたらどうだ。そんなに金儲けなきゃならないのか、あんた」
「ううん、やめられないわ、まだ」
「どうして」
「だってね、そう、あなた、振られるのはわかってるから、ここでおとなしくしてなさい……なんて言える?」
「言える……って、そうだからしかたがない」
「ううん、わたしは、しかたがなくてもいえない。違うか、言いたくない。わたし、間違ってる?」
「間違ってるとは……」
「だからやめない」
「なに?」
「私、そんなこと言いたくないもの。自分が、『花でも持っていって見なさいよ』って言いたいんだから言う。引き替えに殴りたい人がいるんなら、殴らせてあげる。でも、言いたいの。誰かが間違ってるって言って、私が納得するんじゃなかったら、やめないわ、わたし」

 こんな小娘相手にやりこめられて、不思議と腹は立たなかった。
 なるほどキラだな。おれはそう思った。ここしばらく、まるでキラらしくなかったキラだが、どうやら、また、おもしろくなりそうだ。

4 417 95/07/14 01:25:24 ERIKA 『西の街のキラ』 第11夜
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「相変わらず機嫌がいいな」
「ふふ」
「また殴られたのか?」
「ちょっと、そういう言い方はないと思うな……実は、ハルカから手紙が来たの」
「ハルカ……ああ、歌の先生だって言ってたな」
「そう。ハルカも律儀よね、毎年必ず会ってくれるの」
「あんたな、先生相手に、そういう言い方は無いんじゃないか」
「……ま、そうね」

 キラは、16まで、叔父であるペペルによって育てられた。ハルカに出会ったのは、ペペルが亡くなってすぐなのだそうだ。

「カリラの話は覚えてくれている?」
「カリラ……ああ、雨の冷たさを教えてくれたという……」
「カリラは、ハルカの所にいたの」
「そうか」
「本当はね、私がフルートを吹くようになったのは、カリラの影響」
「カリラの?」
「そう。まずは、ハルカの所につれて行かれたところから話さなくちゃ……」

 キラの話はこうだ。
 キラは、ハルカの街でも占いのテントを開いていた。ハルカが通りかかり、ちょっとした占いをやった。キラの――多少無鉄砲な――「夢はかなえようとしなければならない」という占いを、ハルカは実に気に入って、歌を歌ってみないかとキラに話しかけた。
 正直なところ、まず、キラが思い浮かべたことは、「ハルカのところに行けば明日からの宿の心配がいらないわ」だったそうだ。

 ハルカの「教室」で、キラはリュートと格闘していた。どうしても弾きこなせないでいた。
 カリラのリュートに合わせて、キラがフルートを披露したのが、最初だ。カリラは言ったそうだ。
「キラ。なんて素敵なフルートを吹くの!」

 それ以来、キラはフルートを吹いた。
 フルートを吹きながら歌うわけにはいかないので、自分の「声だけでさまになる」曲を作った。ハルカは反対したけれど、カリラの応援で、キラはフルートを持ち歩くことにした。
 キラがフルートを持ち歩くのには、こういう訳があった。

4 418 95/07/14 01:25:51 ERIKA Addition
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……ついに中断してしまった ^^;

 昨12日は、「作者急病」につき、連載を見送らせていただきました ^^;
 本日より、再度復帰と言うことでよろしく ^^;
 休むと癖になるかも知れませんが……

 なんで、「30日」連続なのか?
 以前に1週間連続をやったので、それより長くはしたわけですが、具体的には、今回の企画は、もともと『私家版・絵のない絵本』でして、アンデルセンの原作が、33夜あったりするのをまねています。
 いつの間にキラの話になってしまったんだろう ^^;
 少々短いくらいは良いでしょう ^^;

4 419 95/07/15 16:47:34 ERIKA 休載宣言 ^^;
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 え、ご好評を戴いております、『西の街のキラ』シリーズですが、諸般の事情により一時休載させていただきます。
 あくまでも休載でありまして、1週間ほどで、連載再開の予定であります。
 それではまた ^^;

4 420 95/07/16 22:55:11 ERIKA 『西の街のキラ』 番外編
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 キラの独白。

 本当はね、ペペルは死んだんじゃないの。ペペルとは生き別れ……って言うのかな? 追い出されたの、もう、教えることは無いって。
 教えることはない……か。何を教わったんだろうと思うと、わからない。でも、確かに私は、占い師キラは、ペペルの娘だった。どこがと言われてもわからないな。

 ペペルは、まっとうな占い師で、星を見ることもできたし、カードを繰ることもできた。それに引き替え、私の占いと来たら……。私はカードの繰り方は教えてもらったけど、どういう意味なのか読みとることはできない。必要もないけれどね。そう、キラの占いは、初めから答えが出ている。「夢は見なければいけない」「見たからには、かなえようとしなければいけない」
 ふふ、「かなえなきゃいけない」なんては、決して言わないけどね。

 それでも、占い師で喰いっぱぐれてないのは、立派かも。
 ペペルが言うには、私は、人が何を考えてどう感じているか、そして、――ペペルによると、これが一番大切だそうだけれど――どう誤解しているのかを見抜く能力はあるってことらしい。もっとも、占い師を名乗るなら、当然だわ。

 伝統的に、占いはひとりでやるものなのだけれど、問題が大きかったりすると、
「ペペル&キラ」は、2人がかりの占いもやった。ペペルが占いをやって、私は、そのそばで押し黙っている。時々に、ペペルが私に短い言葉をかける。私がそれに答える。
 ペペルは、「触発」だと言った。ペペルがインスピレーション……かな? それで、考える。その細かい反応を、私が観察する。この人は、決して自分の言ったとおりのことを考えてはいない……なんてね。
 占いだけじゃない。ペペルと話したり、教わったり……ペペルとの会話は、まさに私の感性を、総動員させた。ペペルとの会話は、街道の言葉ではなくて、ふるさとの言葉だったせいもあるかも知れない。2人の間だけの言葉。街道の言葉を使って、まどろっこしい思いをしなくても、本当に分かり合える言葉。ペペルといれば、私は、一番私らしい私でいられる。

 ペペルの言葉は、割に唐突だった。
「キラ、もう教えることはない。おまえは、ひとりで旅を始めなさい」
 わからなかった。どうして、別れなければならないのだろう。「ペペル&キラ」の占いは、街道でそれなりに評判になっていた。そう、2人でやる占いは、ペペルと私だからできたんだ。ペペルにそれがわからないはずはない。
「まだ、キラと心中する気はないんでな」
 私が問いつめると、ペペルはこう答えた。

 思い当たる節は……ないでもない。
 ペペルとの会話は、私にとっては、とても魅力的だ。ペペルは、私の先生で、当然、私より学がある。だから、私はペペルと話す度に、新しいことを覚える。覚えるのだけれど、不思議なのは、ペペルが何をどう話そうとしているのか、わかってしまって、そして、まるで思ったとおりにペペルが――けれど、私が知らないことを――話してくれる。
 ペペルと話す度に、彼と自分との見分けがつかなくなってくる。ペペルもまた、同じことを考えていたのか。これ以上一緒に暮らしていれば、私たちは、自分たちしか見えなくなってしまいそうだ。私はペペルにのめり込む。ペペルも同じ感覚を持っているとは思わなかった。

「ほらね、心中する気はないと言っただけで、そこまでわかってしまうのが、恐いんだよ」

 翌日、ペペルは「西の街」に旅立った。私が、めぐりめぐって、西の街にたどり着いた、2年ちょっと前。私は、ペペルを見送った。そもそも、私たちのしきたりはそうだ。弟子入りして、修行をする。そして、いずれ独立して、ひとりで稼ぐ。わかってはいたことだけど、実際にペペルの後ろ姿を見ると、淋しかった。

 この後、ショックで、私は1週間ほどさまよったあげく、ハルカのいる街に着いた。ペペルがいないのなら、自分で、自分のやり方で占うしかないし――そして、結局、私としては、「夢を見ましょう」と良い続けなきゃ、欲求不満だもの。
 そうして、星を見ることもカードを読むことも知らない私は、占い師キラは、
「キラのテント」を開いた。

 そうして、私はハルカに拾われたのだ。

4 421 95/07/16 23:14:03 ERIKA Addition
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 え、基本的に休筆中であります ^^;
 が、思うところあって、キラの話の「番外編」をお届けします。

 と言いますか、当初の予定のまま行くと、何かうまく最終回につながりそうになく、さりとて、書いてしまったところはどうしようもないですから、ちょうど、このあたりの設定から、少しずつ修正を書けているところです ^^;
 だから、ペペルが、(本編では亡くなったと書いたが ^^;)「本当は死んでなんかいない」という設定になってるわけですな ^^;

 というわけで、「番外編」は、とりあえず、それなりの形を整えるくらいのことはやってますけど ^^; 基本的には、「創作ノート」とか、「創作メモ」の類です ^^;失礼 ^^;

 本編で、ちょうどハルカと出会ったあたりをやっていますが、この前段のお話になります。本編につなげる形で、設定をいじるという…… ^^;
 では、今しばらく、キラの登場をお待ちいただきますよう ^^;

4 423 95/07/18 22:48:49 ERIKA 『西の街のキラ』 番外編
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 《第1幕》

 かつて、キラを見かけたという男とハルカとの会話
 この会話が行われたのは、ハルカがキラと出会う以前のことである。

「それで、ぼうやとしてはその娘が好きだったという訳ね」
「ぼうやはやめてもらえませんか」
「あら、ぼうやで充分よ」
「そうですか……そう、流しの占い師相手の片思いですよ」
「で、『やった』のかい?」
「何を言うんです。いい加減にしてくださいよ」
「はは、だからあんたは、ぼうやで充分なんだよ」
「ばかにしないでくださいよ」
「その娘の尻を追いかけながら、手も出せずにいたんだろう。そのとおりじゃないか」
「どうしろっていうんですか」
「そのままでいいさ」
「そのままで?」
「あたしゃ、なにも、ぼうやのやってることが悪いなんて言ってないさ」
「あんたは、何も知らないんだ、あの娘は、キラは、旅人なんだよ」
「なに、旅人は嫌いかい?」
「嫌いなんてとんでもない。いいか、キラはな、旅をしているからキラなんだ、おれが引き留めてしまったらキラじゃない。だから、声がかけられないじゃないか」
「おわらいぐさだね」
「なんだって?」
「ぼうやあたりに捕まって、旅をやめるようなら、根っからの旅人だなんて言わないだろうよ」
「だって、おれ……」
「まあ、最初はそんなものさ。今度会ったら、思いきり口説いてみな。ぼうやが、本気で口説くほど好きな『旅人』なら、ぼうやに口説かれたくらいで旅をやめやしないから。心配するこたぁないね」

 《第2幕》

 ふるさとに舞い戻ったキラの独白。
 キラのふるさとは、数年前に砂に埋もれ、いまは、廃虚になっている。

 かつては、この土地も名の知れた宿場町だった。この街を支えた水脈が流れを変えて、街として存続しなくなった。未だに、住居の跡がちらほらしている。もうしばらくしたら、ここも一面の砂。

 正直言って、野宿は恐い。寝袋とテントに、文字どおりくるまって、めだたないように一夜を過ごす。星を眺めながら。

 どうして世界には、こんなにもたくさんの人がいるんだろう。たくさんの人が、揃いも揃って、「めっそうもない、私は夢なんて見てませんよ」って言うんだろう?結局、故郷からも追い出されてしまった。皮肉なことに、この土地にはもう街はなくて、だから私は、ここに帰ってくることができる。
 ああ、実に皮肉だわ。たまに、「私と同じ目の色」をしている人を見つけだしたって、その人はその人の夢に忙しくて、私につきあってくれたりはしないし。ま、それは、実に好ましいことなんだけど。

 そういうわけで、私は独り。
 でも……仲間の数を数えてみる。うん、そんなに多くはないわね。でも、いいや。
「この世でたった一人の」みたいな仲間が……少なくとも、仲間でいてくれた人が、それなりにいるんだから。

 ううん、どうも、「この場所」では、生産的なことが思い浮かばない。いいか、ここは私の家なんだから。
 砂漠で……私の家でたったひとりでいるというのは、実に不思議な気がする。あの人の――同じ夢を見てくれた人の思い出が、ほんとうに、転がっているようだわ。そして自由な――

 私には、「故郷」に反抗する力が無くて、結局追い出されるままにまかせてしまった。そして廃虚に舞い戻ってくる。「夢を見ましょう」って言い続けて、いいや、それで追い出されるなら、隣町でやるだけだもの。殴りたい人には殴らせて上げる。何事も慣れと言いまして――そして、私と同じ目をしているあの人は――殴られるだけのことなのかと気づけば、私の前に現れる。

4 426 95/07/21 22:48:01 ERIKA 『西の街のキラ』 またも、番外編
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 北の国を訪れたキラ。当時は、ペペルと同行していた。
 サーカスで知り合った、道化師のポポを交えて。

「どうした、キラ、その顔」
「わしが一緒にいてやらなかったものだからな、客に殴られたらしい」
「心配しないで良いわよ、そんなに珍しいことじゃないから」
「……と、キラは言ってるが、ペペルじいさんとしてはどうだね」
「珍しいことじゃないと言えば、そうじゃな。なんせキラと来たら、無鉄砲でな。わしがついていれば、今日のような大きな占いは、ちょっと自重させるんじゃが」
「それにしても、アキの替わりに歌ってくれる約束はどうなる、キラ?」
「あら、ちょっと傷が付いているくらいで、断ったりしないわよ」
「あんたはそうでも、客がそうはいかないだろう」
「どういうことですか、それ?」
「ステージの上の女の子の顔があざだらけじゃ、興ざめだからな」
「そんな、ひどい。そんなんで手を抜いたりしませんよ」
「はは、立派なことだ。だがな、アキの代理にその顔で出るのは、お断りだ」
「だって、ちゃんと歌えるってば」
「サーカスで歌を歌うのは、そういうことじゃない」
「いじめてくれるじゃないかな、わしのキラを」
「まあ……、つい、アキの替わりだと思うと」
「だからって、そんなにいじめてやってくれなくてもよかろうに」
「まいったな……。キラ、ちょっとおいで、おれが化粧を教えてやる」
「いいわよ、そんな、お化粧なんて」
「覚えておいて損はないぞ。あんたが、これからも殴られるつもりならな。あざの消し方くらい教えてやる」
「あ、消せるんだ……いじわる」
「こっちに来な」

 ステージを終えたキラとポポの会話

「できはどうだった?」
「まるっきり基礎ができてない」
「ひどい、そんな言いかたってないわ」
「自分ではうまいと思ったのか?」
「そ、そりゃ、そんなにうまいわけじゃ……」
「そうだな。べつに、馬鹿にしてるわけじゃないから、良く聞いてくれよ。あんたは、基礎はできてない。でもな、聞いていて、しっくりくるところはある。アキがあんたを選んだ訳が分かったよ。いいか、怒るなよ、今のあんたは、誰かの代理で歌を歌うのがちょうど良いんだ」
「怒った」
「うん、まだ15だろう? 15にしちゃうまいよ。それに、基礎ができてないなんて言ったけど、キラの歌なら、もう少し聞いてみたい気がする。懐かしいな」
「ちょっとは、機嫌なおして上げる」
「そうか。あんた、これからも旅をするんだろう? 一度ちゃんと歌の勉強したらいいよ。そうしたら、抜群にうまくなる」
「誉めてるの?」
「そうさ、最初から誉めてるに決まってるだろうが」

 キラの独白

 初めての土地。風が冷たい。そうよね。これから半年は、雪に埋まるんだから。
 「ペペル」と言う名前、そして、私の「キラ」。どちらも、この街の神話からもらったものだそう。ペペルは「夏の風」の神。そして、キラは「春の風」の神。
 キラは、ペペルの使いで、そして娘。

 寒い土地では、概ねそうだけれども、ここでも夏は案外に長い。そのかわりに、春と秋が短い。キラの――春の風の吹く時期なんて、数週間もない。でも、神話に依れば、短いけれど、冬と夏の間で、いろんなものが変わってゆくとき。
 「キラ」と言う言葉には、「旅立ちを思い出させる風」という意味もあるそうだ。ポポが教えてくれた。渡りをする鳥が、キラが吹き始めて、旅することを思い出す。ペペルもなかなかセンスがある。

 風の音がする。
 この土地で、初めて聞いた風。
 こんな冷たい風の中を人は歩いている。

4 428 95/07/23 21:00:41 ERIKA 『西の街のキラ』 第12夜
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「泣いてるのか」
「ちょっとおどかさないでよ」
「柄にもない」
「あら、私だって血も涙もあるわ」
「おおげさだな」
「うん……いつか話した『ぼうや』がいたでしょう」
「また来たのか?」
「そう」
「で、キラちゃんとしては、何で泣くわけ?」
「うん……坊やのお母さんも気の毒だなって思って」
「ちょっと待った。ぼうやをけしかけたのはあんたじゃないか」
「そうよ」
「それが、『お母さんが気の毒だわ』って、どういうことだ」
「だって、それは別の話だわ」

 キラは話してくれた。
 ぼうやには夢を果たして欲しいなと思う。で、それがわからないお母さんは、乱暴な言葉で言えば、自業自得だとは思う。でも、それと気の毒ってのは、別のことだわ。
 ぼうやには、彼のお母さんの悲しみをわかって欲しいなと思うの。わかってもらえないまま、乱暴に出てゆくのじゃなくて、お母さんの悲しみは、はっきり感じて、説得できれば理想よね、説得できなかったとしても、お母さんの悲しみは悲しみと感じて、それでも、自分の夢を果たすのなら、夢を追いかけて欲しい。
 ふふ、それだけの強さがなければ、私は夢だなんて呼んであげない。夢を見て――夢は、それが大きければ大きいほど、他の人を悲しませるものだわ――他の悲しみを感じて、それでも、自分の夢が大切だと思えば、それは、「夢」になる。
 「夢だ」なんて、いくら叫んでみても、それで悲しむ人の気持ちがわからないんじゃ、わがままでしかないわ。誰かが悲しんでいるのに気づかないままで、身勝手に「夢を」なんて言ってる人なんて、私は許さない。

「だから、誰かの夢のために、本当に悲しんでいる人がいれば、私はいくらでも殴られてあげる」
 そう言って、キラは話を打ち切った。

「そんなにまでして、夢はかなえなければならないのか?」
「ふふ、それは詭弁だわ。そんなにまでしてかなえなければいけないものを、『夢』って言うの。考え方が逆だわ」
「キラには、その、『悲しみ』がわかるのか?」
「ぼうやの話なんか、このあたりでは珍しくないもの」
「何?」
「私の父も、海で死んだの。母は、ほとんど後を追ったみたいなものだったし」
「そうか……」
「そう……そして、ペペルが私を引き取ってくれたの。私は、ペペルに殴りかかることはできなかったから、しばらくの間、ペペルは私をこき使ってくれたわ。眠る間もないくらいに」
「それはひどい……」
「街の人もみんなそう言ってた。親が死んだのを良いことに引き取って、召使い代わりだってね」
「そのとおりじゃないか」
「うん。でもね、そうでもしてくれなかったら、私もたなかったな、きっと」
「それで……ペペルは……」
「そういうこと」

4 429 95/07/23 21:01:33 ERIKA 『西の街のキラ』 第13夜
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「キラ」
「何?」
「あんた、歌を歌ってるのに、自分のこと宣伝しないんだな」
「宣伝って?」
「占いやってますって」
「あ、そうね、だって、私の占いってインチキだもの」
「プロの言いぐさとも思えないが」
「ふふ、プロの作家がそんなこと言っていいの?」
「どういうことだ?」
「おじさんって、あまり売れてないでしょう」
「いきなりなんてことを……」
「だって、わかるの。怒らないでね。おじさんの書くものだって、大勢の人に取ってみれば、やっぱり、『インチキ』でしょ?」
「そりゃ、まあ、そう言えなくも無いが……」
「で、おじさんの本を、インチキじゃないと思う人だけが買ってくれるわけでしょう」
「まあ、そのとおりだな」
「こうして私の言葉で歌っていれば、同じ言葉がわかる――私の言葉を本物だと思ってくれる人だけが、気づいて占いに来てくれる。わたし、まだまだ、未熟だもの。同じ言葉を使える人にじゃないと、占いできない」
「同じ言葉?」
「そう、ハルカの受け売りなんだけどね、言葉では決して感情は伝わらない……ってね。本当に立派な占い師や、作家や、歌い手なら、少しは感情を伝えられるかも知れない。でも、あんた――ってわたしのことなんだけど――くらいじゃだめね、なんだって」
「じゃ、何で歌ってるんだ」
「そう……感情を伝えることができないけれど、思い出してもらうことはできるわ」
「思い出す?」
「そう、思い出してもらうの。伝えるんじゃなくてね」

 たいしたものだ、キラは。なるほどな、「身の程を知る」ってわけか。思い当たる節はある。確かにな、おれみたいな腕で、自分の感情なんて伝えることなんてできる分けないか。「思い出してもらう」と来たか。
「そう、だから、私の言葉で歌っていれば、私の思いを、同じ思いを持っていて、それに気づいてくれる人が、必ず出てくる。言葉ってのは、なにも、思いを伝えるだけじゃないわ。忘れていたことを思い出してもらえるし、そしてなにより、同じことを思っていた筈の人を探し出す鍵なの」
「わかった。それでキラは、占いが本業で、歌いながら、客を捜している訳か」
「そうよ。さすがは作家ね。でもね、『客』はどうもね。『仲間』くらいにして欲しいな」

「そうか、だからキラは、おれのことを『同類』だなんて言ってくれたのか」
「うん、『だますのなら、最後までだまさなきゃね』で、思い出してくれたんでしょ?」
「ああ、思い出した。確かに、おれは思い出したんだ」

4 431 95/07/24 22:09:33 ERIKA 『西の街のキラ』 第14夜
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「知ってしまうことの悲しさ……ってのが、確かにあるわ」
「また、わけのわからないことを……」
「あ、その言い方ひどいな。それでも、作家?」
「つっこみだけはなかなかだな。だから、おれはファンタジーしか書かないの」
「ファンタジー?」
「100%の善人と100%の悪人の世界」
「ふふ、じゃ、何で私の話なんかメモしてるわけ?」
「……完敗。久しぶりにハイレベルな戦いだったな ^^;」
「それほどでもないわ」

 知ってしまう悲しさ……か。だから、キラは「ぼうや」の母親に諾々としてぶん殴られていたんだろうな。<パシ!>
 突然、キラが平手を打ってよこした。
「違うの。不愉快だわ、とても……って、あなたじゃなければ、ひっぱたいたりはしなかったかも」
 キラは、話してくれた。

 そうじゃないの。唯々として従うわけじゃない。私のことをそんなに侮辱しないで欲しいな。どうしたら良いかわからないだけよ。殴られるくらい何とも思ってないのは事実だけど。
 本当かな? つい、この間までは、自分自身、「ああ、こんなに悲しんでいるんだから、殴られてあげる」みたいに思っていたのにね。ごめん、殴ったりして。でも、今は、もう違う。

 私はね、誰かが――たとえ、仲間全部が――私のことを間違っていると言っても、諾々となんか従わない。そう言ったら、言ってきた人がいた。「回りに逆らって生きるのも気楽で良いね」だって。馬鹿にされたものね。

 何度も繰り返したわ、「人を否定するには、それだけの理由が必要だ」って、ペペルに、それこそたたき込まれた。私はそう言ってきたの。そう言ってきたのに、
「回りに逆らっていきるもの気楽だね」か、まいった。
 わたしは、逆らっていきるだなんて、そんな無責任な生き方はしない。自分の責任は、自分で決める。だから……回りに逆らうなんていう価値観は持ち合わせていないし、仲間の断罪に諾々として従うなんて、身勝手なこともしない。
 諾々となんか従わない……ってことはね、私を断罪する人たちがいるなら、自分が納得するか、逆に、その人たちに、最後通告突きつけるまで、噛みつくってことだわ。

 私のことをけなしておいて、ちょっとせっついてあげると、大慌てで、結局、私のことを……どういうことを言ったから悪いなんて、ひとつも言えずにね、馬鹿だとか間抜けだとかののしることしかできない人は、大勢いる。論外だわ。

 私は、誰かにつれてこられたわけじゃないもの。占い師としましてはね、自分の責任で、人をたきつけるなら、責任は自分でとる。自分の責任まで、決して人任せにはしない。

 だから、知ってしまうことの悲しみ……それで、身動きできなくなっているだけ。きっと、その呪縛を断ち切ってみせるわ。

4 432 95/07/25 23:14:43 ERIKA 『西の街のキラ』 第15夜
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「わ、いらっしゃい」
 キラの脳天気な声に迎えられたのは、残念ながらおれではなかった。
「ポポじゃない、どうしてここに?」
「どうしてってことはないだろうに。19になるって言ってただろう」
「う、うん。でも、『西の街』に行くって言ったっけ?」
「キラの噂くらい、その気になればいくらでも聞けるだろうに」
「うん……あ、そうそう、この人、ナギっていうの。作家さんよ」
「あ、どうも、初めまして」
「で、この人がポポ。ほら、あざの取り方を教えてくれた……」
「せめて化粧の仕方くらいにして欲しいがな……そうか、よろしく、ナギ。ここでは、あんたがキラのお守りか」
「お守りだなんて……」
「うん、その言い方はひどいと思うな。いくらポポでも」
「悪かったな。で、キラ、ナギって言うのは話せそうな男かな」
「そうじゃなけりゃ、隣にいない!」
「わかった、そうだろうな」
「ところで、ポポ。アキは?」
「2・3日遅れるそうだ。月代わりにはまにあうだろうが」
「そう……」
「ハルカはどうしたね」
「うん、来てくれるって、手紙届いたの」
「そうだろうな」

 ひとしきり話した後で、ポポが、おれに席を外せと言った。おれはカチンときたけれど、キラが望んだので、おれは帰った。

 夜更けて、キラが宿に訪ねてきた。キラはまず、おれの滞在日程を聞いた。おれが、今月の終わりには、街を離れるつもりだと答えると、キラは、もう一日いられないかと聞いた。
 おれは、一日くらいなら、日程をのばしても良いだろうと答えた。
「でね、ナギ。お願いがあるの」
「お願い? いやにしおらしいな」
「うん。まあね。それでね、私に詩を書いて欲しいの」
「詩を?」
「そう。ステージで歌えるやつ。うん、朗読でも良いわ」
「なんでまた」
「ちょっとね、詳しくはまた話すわ」
「いいけどな……たぶん、あんたほどうまくないぞ」
「ご謙遜。ううん、あなたに書いて欲しいの」
「わかった。責任は持てないが、キラの頼みだ、書いてみるか」
「ありがとう」

 おれが、キラの思惑を知ったのは、もう少し後のことだ。

4 433 95/07/26 20:42:46 ERIKA 『西の街のキラ』 第16夜
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 キラからの手紙

 「ぼうや」が船に乗ったそうです。彼のお母さんの悲しみようと言ったらありませんでした。それでも、私は彼女に同情するつもりはないけれど。

 以前お話ししましたね、「この街には水が多すぎる」と。それは――本当はわかっていたのだけれど――恐怖の裏返しに過ぎないのでしょう。ここは砂漠です。オアシスがあっても水脈はひどく不安定です。明日も、今日と同じように水脈はここにある――そう確かめるためには、あるいは、言い聞かせるためには、水をあふれさせていなければなりません。
 本当に水のない街は、もちろん水を大切にするのだろうけれど、たとえば、「雨の街」では、出しっぱなしの水は、ひどく不道徳なことだと思われていました。皮肉ですね。ある程度の大きさのあるワジは、確かに、涸れたりはしないのです。別の場所に移ることはあっても。だから、街中が水をあふれさせているというのは、水脈を監視するという――そこに、間違いなく水が流れているのを確かめるという――意図では、正解です。

 私の故郷でも、事情は似たようなものでした。ただ、そこには湖があったから、街には水はあふれていなかった。けれど、故郷には独特な言い回しがありました。
「湖がそこにある限り……」

 それは、初めのうち、「変わることなく」という意味になります。確かに。「ぼくは、湖がそこにある限り、君を愛する」
 しかし、恐怖は、言葉の意味すら変えてしまいます。
「ぼくが君を愛することがなくなったら、湖は涸れてしまうのだろう」
 こうして、数え切れないほどの「永遠の誓い」が、同じ数の「タブー」に変えられたのです。そして、結局、故郷の湖は涸れました。その前後ほど、「湖がそこにある限り」という言葉がささやかれたことはなかったでしょう。

 夢を見ること。
 正直言って、「ぼうや」のお母さんには、多少は同情の余地もあるかなと思います。確かに、「ぼうや」は海で死ぬかも知れない。
 が、「夢を見る」ことは、どうしていつもこんなに悲しいんだろうと思うと、けっして、それだけではないんです。

 人は永遠を認識するようにはできていない。
 できていないからこそ、永遠の幻を見ようとする。砂漠の湖であったり、街中にあふれる水であったり。
 そして、永遠の誓いは、永遠を認識できない人間によって、「タブー」に変質する。
「夢を見ると、不吉なことが起きる」と

 キラの手紙はそこで終わっていた。
 夕方頃、キラは、手紙を酒場の主人に預けに来たらしい。その時に主人が見かけたのを除けば、この日、キラを見た者はいなかった。

4 434 95/07/28 00:08:00 ERIKA 『西の街のキラ』 第17夜
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 翌日もキラは姿を見せなかった。
「心配ない、キラはもうすぐ帰ってくるさ。ナギ、おまえも一晩つきあう覚悟を決めた方がいいかもな」
 隣でポポが言う。
「期待させる言い方だな」
「とんでもない。抱きついたりして見ろ……はは、キラはちゃんとナイフも使えるからな」

 今日は、「客」が揃った日だ。道化師のポポ、歌い手のアキ、そして、歌の先生のハルカ。
「キラがお世話になりましたね、ナギ」と、ハルカ。
「ハルカに教えてもらったんじゃ、キラもちゃんと歌えるようになったでしょうね」これは、アキ。

「それで、キラはどこに行ったんですか?」
 誰にともなく、おれは尋ねた。
「それは、誰も知らないのです。知ってはいけないことですしね。でも、もう少ししたら、帰ってくるでしょう。そしてナギ、あなたと夜通しはなす事になると思いますよ」
「それは?」
「私たちは、ずっとそうしてきたの。19の誕生日の前に、独りで――占いも歌もなしで――数日を過ごして、変えると、『友達』と夜通し話す。アキが適任かとも思ったけれど、あなたを見つけたようね、キラは」
「適任って?」
「キラの話す言葉を、そのまま、正確に反射して、キラに返すことのできる人」
「……おれが?」
「キラは、そう決めたようよ」

 そこまで話すと、ハルカは、キラの穴を埋めるために、ステージにあがった。
「上手いな、そう思うじゃろう。ハルカの歌は、自分の手のひらに、思い出をおいて大切に聞くのにちょうど良い。キラの歌は、思い出を抱きしめるのにちょうど良い」
「あら? あたしの歌は?」
「アキの歌は、忘れてしまった思い出を、思い出させる歌じゃろうな」
「ありがとう」

 夜遅くまで、ハルカとアキが交代で歌った。
 おれは――まだ、思い出とは言い兼ねるが――キラが、どこで何を考えているのかと思いながらそれを聞いた。

4 435 95/07/28 00:19:44 ERIKA 『西の街のキラ』 資料編
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【ジプシーの成人儀礼】

 キラやハルカ、そしてポポといった人々を、ジプシーと呼んで良いのかどうか判断に迷うところですが、彼らは、街道を移り住む人たちであり、また、街道の人々とは、また違った文化を持っているようなので、ここでは「ジプシー」と呼んでおくことにします。

 彼らの成人は、19歳です。19歳の誕生日に、成人儀礼が催されます。その詳しい様子は、まだ知らないのですが、彼らにとって、19歳の誕生日は、それなりに意味があり、特に女性は、その生活様式もあって、この時には「正式な」化粧をすることになっているそうです。
 キラも、誕生日の化粧を、道化師のポポにわざわざ教わりにいったくらいですから。

 さて、19歳の誕生日が、彼らの成人式だといえば、生まれて19年目に成人を迎えるのだ――と思われそうですが、実はそうでもありません。むしろ、話は逆なのです。それに、実際的にも、正確な誕生日がわからないことなど、良くあることなのです。

 そして、もうひとつ、彼らが、案外にしっかりしたコミュニティを持っていることを理解しなければなりません。若者が、そろそろ成人しても良かろうと認められると、18歳だと認定されます。そう、19歳になったら成人するのではなく、成人の準備が整ったと認定されたときに、まず、18歳という年齢を認めてもらうわけです。
 誕生日に関して、もう少しいえば、彼らの誕生日は、必ず、月の最初の日です。キラの誕生日も、8月1日でした。
 これもまた、ジプシーの風習であって、いつ生まれたものであっても、誕生日は、1日なのだそうです。

 成人――19歳の誕生日を控えると、約一月の間は、居所を移さないといいます。それは、あるいは、成人の儀式に立ち会うために、方々から集まる「お客」に対する配慮なのかも知れません。いずれにしても、この時ばかりは、ほとんど生涯一度の、「定住生活」をするのだそうです。
 そして、数日前、「お客」が揃った時点で、姿を消し、そして、誕生日の直前に帰ってくるのだといいます。

 19歳の誕生日を迎えると、必ず成人できると決まったわけではありません。不幸にして、成人にふさわしくないとなったときには、まず、生まれ月が変えられます。そして、何カ月か後に、再び、成人の儀式を迎えるわけです。
 年齢まで変えられることも、以前はままあったといいます。

4 436 95/07/28 22:53:50 ERIKA 『西の街のキラ』 第18夜
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「今度髪に触ったら、例えあなたでも、刺します」
 おれの手を払いのけると、キラは言った。

 今夜、キラは帰ってきた。酒場で歌うのをすっぽかして、外に出ているわけだ。不思議なことに、ハルカは何も言わなかった。おれは、キラが歌の仕事をさぼろうって時に、ハルカが何も言わなかったのが、不思議でならない。
 ま、キラはそうしてステージをさぼり、街の中心からは少し離れた高台で夜景を見ていた。おれも一緒だ。
 それなりのムードになったものだから、おそるおそる肩など抱いてみて、どうやら大丈夫そうだと言うので、髪を撫でるまでしたのが失敗だったな。
 もっとも、キラ達にとって、「髪の毛を触らせる」というのは、よほどの意味があるのだと知ったのは、もう少し後のことだったのだが。

 キラは、ほんとうに長い間、夜景を見つめていた。何か話したそうにして、その度に、黙り込んだ。そして、また、長い時間が過ぎる。
「街の明かりが見えるわ」

 そうして、キラが話した言葉はそれだけだった。
 全く当たり前のことなのに、キラの言葉を聞いて、おれは、初めて街明かりを見たような気持ちがした。
「そうだ、街の明かりだ」

 これが、かりにも「作家」のうけこたえだろうか。
 それでも、おれは、これだけしか言えなかった。そして、それを聞いたキラが、妙に安心したのを感じた。
 おれが、キラの言葉で、初めて街明かりを見たように思ったのと同じかな。きっとキラは、おれの答えを聞いて、おれが、同じ景色を見ているのだと納得してくれたのだと思う。

 その夜は、それ以上、他の言葉を交わすことはなかった。その必要もなかっただろう。

「まだ、もう少しあるわ。月が変わるまでに。明日は、話せるかも知れない……」
 午前4時の薄明の中で、キラはそうつぶやいた。

4 438 95/07/29 22:09:50 ERIKA 『西の街のキラ』 第19夜
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「あ、夕べは悪かった」
「なに? あ、髪を触ったのは、いいわ。知らなかったんだから。この次は許さないけど」
「そう言えば、聞いたことはある」
「なに? 知っててやったの? ナイフあるわよ」
「そうじゃないって、忘れていたんだし――それに、直接聞いた訳じゃない。ちょうど同じような話が、本に出ていてな、例え意に反して抱かれるにしても、髪は触らせない……みたいな話があって、それは、男が書いたものなんだが、それを読んだ女の子が、そういうものだわって妙に感心してたのをちょっと思い出した」
「そういうものだわ」
「なるほど……」

 今夜も、キラは肩を抱くところまでは許してくれた。
「そうよね、でも、知らなかったのも無理はないのかも知れない」
「何を?」
「うっかりしてたわ。ナギは街の住人だものね」
「街の住人?」
「そう……ナギが私の髪に触ったのが、どういうつもりだったのかは、わかるつもりよ。ナギのそういう気持ちは……それは、そんなに嫌でもないけど。そうね、『西の街』だと、酒場で良く見る光景だものね」
「べつに、おれは、キラのことをそんな風には……」
「あ、ごめん。うん、それはわかっている。街では、割とありふれた光景だってこと」
「まあ、そうだな」
「逆に、私――私たちね、肩を抱かれるのは、平気なの」
「ああ、それで」
「そうよ」

「キラは、いろんな人たちを見てきたんだろうな」
「うらやましいでしょう」
「ああ」
 キラ達が行き来する土地は、今でもただ単に、「街道」と呼ばれている。北の国を起点にして南下し、砂漠まで出ると、海岸沿いに東進し内陸に消える街道を、キラや、そして、仲間達は往来している。

「おまけに、キラは占いをやってるんだものね」
「そうよ。だからやってるんじゃない」
「そうか」
 いつだったか、キラは、「占い師のもとには人生が集まってくる」と話したことがある。その通りだな。キラは……確かに、18の小娘には違いない。けれど、考えてみれば、いくら占い師だからって、18の小娘相手に人生相談はないだろう。まあ、こうしてキラは、自分が生きてきた時間の何倍もの人生を経験したんだろうな。
「それも、『真実の』人生をね」
「どういうことだ?」
「必ずしも、『事実の』じゃないってこと。その人にとっては、その人の感じるとおりが真実だもの」
「で、占い師のキラとしては、事実じゃない真実にはどう対処する訳かな」
「様々よ。占いの目的ってのは、本当のことを教えるってものでもないもの。ま、いらぬ誤解は解くけれどね、必要な誤解は、わかっても無視する」

「あ、だからか」
「なんだ?」
「ナギは、本を読んでる?」
「そりゃ、まあ、駆け出しの作家としてはな……」
「ほら、ナギも知ってるんじゃない、必ずしも事実じゃなくて、けれど真実の、何倍もの人生って」
「それはそうだけど、直接聞く訳じゃないものな」
「どっちもどっちよ。『雪塚』なんて、雪を見たことのない人には、思いつかないもの」
「まあな」
「私ね、『街道』のことしか知らないの。確かに――ナギには失礼だけど――本で読んだりするより、直接話す分、ちゃんと感じることができる。でも、思ったのね、街の人の感情を本当に知るには、ジプシーの感情を持ってなきゃいけないって――そして、私の、キラ自身の感情を知るには、街の人や、そして、それだけじゃない、街道の外のことも知らなきゃ。直接話せないんなら、本だって読むわ」

 キラは、なぜ、「夢を見ましょう」と言って歩かなければならないのか知りたいと言った。なぜ、自分がそうしたいのかを知りたいと言った。そうしたら、誰を悲しませても、後ろめたい気持ちを持たないで、夢をかなえられるんじゃないかと言った。
 そして、自分が、ジプシー仲間も、街道の住人――「ぼうや」の母親をも含めて――みんなことが好きで、そして、時に、彼らに失望するのはどうしてなのか知りたいと言った。

 おれは、キラの望むままに、脈絡もなく話した。夏みかんそっくりの「月」を買った旅人の話。星くずの中でトランペットを吹いた男の話。ポケットの中にキリンを飼っていた、ガラス磨きの話。そして、思いつくあらゆる話を。

4 440 95/07/30 12:27:46 ERIKA 『西の街のキラ』 第20夜 その1
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「あんた、あの娘に惚れたんだろう」
「別に……」
「隠すことはないよ。キラは、惚れるだけの値打ちのある娘だから」
「値打ちって?」
「キラは……少なくとも18までのキラは、ひどく憶病な娘なんだよ」
「憶病……には見えないが」
「でも、妙に強がってるのはわかるだろう」
「それはそうだが……」
「ああ、キラは憶病な娘だ。だがな、それでいて、人が好きで好きでしようがない。だから、キラは、まじめに夢を抱えて歩いているやつらを見ると、頬っておけなくなる。たとえ、誰が苦しんでもな。あんなに恐がりなのに、それでも他の人を好きになれるほどの娘は、そういないね」

 キラは――ハルカは話を進めた。キラは、「まじめな夢」にはまるで弱くてな、まじめな夢に、不真面目に対応するのが嫌いなんだよ。だからな、キラは、1度だけ、「あきらめなさい」と言ったことがある。夢を見る方がまじめか、それを邪魔しようとする方がまじめか、キラはそこを見ていた。
 キラの言葉で言えば――夢を見る方だって、いい加減なやつは結構いる。でも、夢を邪魔する方は、もっといい加減――なんだそうだ。

 「夢」ってのは、どの向きから見るかで、夢だったり、そうでなかったりするものでね。聞いたよ、「ぼうや」のこと。坊やを船乗りなんかにはせずに、ずっと一緒に暮らしたい――ってのは、まぎれもない、母親の「夢」だし、そっちから見ると、「ぼうは」は、夢を邪魔していることになる。

 だから、本当は、「夢を見ることが素晴らしい」とは、一概に言えないわけだ。こちらの夢は良くて、あちらの夢は悪いなんて、さらさら言えない。キラはな、だから、本当は、自分の夢をまじめに考える人間がたまらなく好きなだけなんだ。キラが、「思い出させる」ところまでしかやらないのは、そのためだな。
 普段からまじめに考えている夢なら、例え忘れても、ちょっと耳打ちするだけで思い出すものだ。

 キラはな、何がおこるかわからない、ひとつの夢が、どれほどの人を悲しませるかわからない、自分のひとことで、どれほどの人が悲しむのかと思うと怖い、でも、まじめに考えている夢が好きでたまらないから、「夢を見ましょう」って、言って歩くわけだ。

「子どもだよ、キラはまだ」
「え?」
「好きだという感情だけで、誰を泣かせることもいとわない……子どもだよ」
「じゃ、ハルカは、キラの成人を認めないと……」
「それはまだわからない。でもね、キラが自分自身で、そこまでわかって、開き直れるだけの強さを身につけたら、多分、独りで生きて行けるだろうね」

4 441 95/07/30 19:04:43 ERIKA 『西の街のキラ』 第20夜 その2
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「そう言えば、こっち来てからキラの歌聞かせてもらってないわ」
「おれは、きかせてもらったな」
「ずるい……で、どうだった?」
「上手くはなってたな。ハルカに仕込まれたそうだから、基礎はできてる」
「それだけ?」
「考えてみれば、あの頃からキラの歌は、そんなにまずくはなかったからな」
「そう言えばそうね……あの頃から、どこか思い詰めた娘だったわ」
「そうそう、それがまた、『やらなきゃ』じゃないんだよな」
「どちらかと言えば、『でも、やりたいの』だった」

「キラの本職は占い師だそうだな」
「もったいない」
「まあ、いいじゃないか。だから、キラは歌の勉強したそうだし」
「どういうこと?」
「キラの占いで、思い出すほどの夢を持ったやつだけを探し出すんだそうだ」
「ふうん?」
「だから、キラの歌は、昔に比べれば、確かにおとなしくなった」
「そうね。あの頃は、聞く人みんな引きずりこもうってな迫力はあったものね」
「ちょっと恐がってんだよ、キラは」
「うん。あれだけ思いこみが強いと、うっかりしたことしゃべって、それがもとで誰かを悲しませるなんて、ありそうだものね」
「だから、キラは、自分の思いを押し殺す」
「でも、夢を抱いている人には、わかってしまうわ、それだけの思いがあれば」
「だから、そう言った客は、キラのテントを探し当てるわけだ」
「どう? キラの成人を認めるつもり?」
「まだわからない……が、キラが、どうしても本業は占い師だって言うのなら、それだけの覚悟が必要だし、その覚悟さえあれば、キラは独りで生きてゆけるんだろう」
「そうね」

4 442 95/07/30 19:05:26 ERIKA 『西の街のキラ』 第20夜 その3
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「ふうん、ハルカがそんなことを言ってたの」
 おれは、昼間、ハルカと話したことを、キラに言った。もちろん、ハルカが「あの娘に惚れたんだろう」と言った件は、省いた。
 前もって、ハルカは、自分が話したと同じことをキラが話すだろうと言ってくれた。そして、キラが話したのを確かめたら、昼間話したことをキラに伝えてくれと、言ってくれたのだ。

「でも、それじゃ、ばかみたいね。やっと本当のことがわかったと思ったら、ハルカなんかは、とっくにお見通しだったなんてね」
「ハルカは、もう少し違った言い方をしていた」
「違った言い方?」
「キラは、何年も前から知っているんだってね」
「そんな……知ってたらいまさら考え込まないわよ」
「言葉にできなかっただけで、感じていたはずだっても言ってた」
「それはそうだけど……感じてただけじゃ、伝えられない」
「だから、誰もキラに教えなかったんだとさ。自分で言葉にして、他の人に……例えばおれに、こうして伝えられるようになるまではな」

 ハルカは、こうも言った。
 どう転んでも、人は憶病なものでね。ときどき、自分がどうしたいのかもわからなくなる。そんなときに、どうしたら良いのかをわかるためには、やっぱり、言葉の力も借りなくちゃならない。
「ぼうや」のお母さんがかわいそうだなと思う。だから、「ぼうや」をけしかけるのをやめるのか、それでも、「夢を見ましょう」と言うのか、それを決めるには、
「夢を見ましょう」と言った自分の思いの強さだってね。でも、お母さんだって気の毒だよ。どっちを選ぶ?
 その時には、やっぱり、自分が、「夢を見ましょう」と言ったときの感情を、言葉にして、しまっておかなければならない。

 でもな、言葉って言うのは、まやかしが多いのも本当のことでね。だから、最初は、自分の感情を、自分の考えで、自分の言葉にしなくちゃならない。例え時間がかかってもだ。自分の感情と、自分の言葉からスタートしたら、他の人の言葉を今度は、受け入れることができる。他の人の感情に共感することができる。もちろん、拒否することもな。
 だから、例え時間がかかっても、最初は、自分の感情と自分の言葉から出発しなけりゃならない。19の誕生日ってのは、そういう意味だよ。

 キラは、19の誕生日を2日後に控えて、街の明かりを見つめていた。

4 443 95/07/31 21:39:17 ERIKA 『西の街のキラ』 第21夜 その1
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「キラは?」
 おれが尋ねると、アキが答えた。
「今日は来ないわ。ハルカと、明日のこと話してる」
「大変そうだな」
「そりゃね、一生に一度だもの。そうね、ハルカは歌い手で、キラは正式には占い師だから、ちょっとわからないけど、成人を認めてもらえるってことはね、ハルカが、ジプシー仲間に、キラはいつでも自分の代理を務められるって宣言するようなものなの」
「そうだな、ナギ、ハルカが感謝してたな、キラの面倒を見てくれてありがとうってな」
「面倒って、おれは何もしてないぞ」
「いいのよ、それで、必要なのは『鏡』なんだから」
「そうだな、鏡は、顔や景色をその通りに写すだけで何もしない」
「でも、それが大切なのよ。キラの言葉を、そっくりそのまま、正確に反射しなければいけないの」
「そんなものか?」
「そう、それで、キラは、自分が話したことを聞くのよ」
「でも、正確にって? おれは、キラの口まねなどしなかったぞ」
「うん、あたしはそこにいなかったからわからないけど、ようするに、キラが何かを話す。最初、それは、まるっきりあたりまえのことだわ。たとえば、『あれが海よ』みたいな。その言葉を聞いて、それでそこに海があるのがわかる――って、そう感じてくれる人がいて、そして、『そうだね、あれが海だ』でもなんでも、とにかく、同じ海を見ているんだって、そのまま言葉にできる人がいればいい」
「そんな話もしたような気がする」
「そう、だから、鏡なのよ。正確無比の」

 おれ達は、しばらく黙っていた。
 やがて、ハルカが独りでやってきた。
「ポポ、ちょっと見てやってくれない? 大丈夫だとは思うけど」
「ああ、いいですよ」
 入れ違いに、ポポが出てゆく。
「ポポがいるのなら、お化粧は彼に任せた方がいいわね」
 ハルカがつぶやいた。

「ところでナギ、キラの誕生日には出てくれるわね」
「そりゃ、良いですけど」
「あの娘が是非にと言うものでね。街の住人が出席する誕生日も前代未聞だわね」
「でも、ナギは適任よ。キラの『鏡』の役がちゃんとこなせたんだもの」
「そうね」
 なるほど、こういうことだったらしい。誕生日――特に成人式には、身内が集まるものなのだが、彼らの場合、身内と言っても少々立場は違う。キラの場合、なんと言っても直接の先生であるハルカがいなければ、何も始まらない。そして、正式な化粧というのが、それなりに意味があるものである以上、道化師のポポもいた方がいいだろう。で、ポポとコンビのアキが、キラの「鏡」にはちょうどいいだろう……という人選だったようだ。
 ところが、おれが、「鏡」をやってしまい、おまけに、キラが同席を望んだので、前代未聞の「街の住人」つきの成人式になるってことか。それで、最初にあった晩、ポポがキラと何やら話していたんだな。

4 444 95/07/31 21:40:03 ERIKA 『西の街のキラ』 第21夜 その2
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 ハルカの語ったエピソード

 私は、未だにペペルのことがわからない。キラの話では、ペペルとはうまくいっていたようなのに、16の誕生日で「追い出す」なんてね。もっとも、ペペルは、わたしをあてにしてたらしいけどね。19の誕生日は私が面倒を見るだろうと。そのあたりは、風の噂で何となくわかるものさ。
 だからね、正式にはペペルはその時死んだことになっているのさ。「先生」にあたる人間が生きているのに、追い出されたとしたら、それは、私たちの間では、とんでもない傷なんでね。

 ペペルは、結構、名の知れた占い師だったよ。何度かうわさも聞いたね。だから、キラを見たときにはすぐわかったよ、本当は怖くてたまらないのに、それに負けまいとして、しっかり「夢を見ましょう」と言い続ける娘を見てね。
 キラが「独り」だってことは知っていたし、こんな風な娘は嫌いじゃないから、引き取るのはかまわなかった。そうは言っても、私は占いを教えるわけにはいかないからね、歌の方はどれほどのものだろうかというのは、心配だったよ。
 結局、以外にも歌もうまくて助かったがね。

 うちのカリラと良いコンビだった。なに、カリラは目が見えないのだけどね、キラもカリラも、どうやら、「肌触り」でものを感じるようでね、当然、それには、カリラの方が長けていたから、いろいろ教わっているようだったよ。

 私は、何も教えることはなかったね。まあ、歌い方は教えたが、そんなものは教えるうちには入らない。ペペルがしっかり育てたんだろうね。良い娘だ。「夢を見ましょう」か。
 キラは、夢を見ることが、そして何より、他人に「夢を見ましょう」って言って歩くことがどんなに恐ろしいかを知っていて、「夢を見ましょう」って、言って歩いている。でも、まだ、経験は足りないよ。むろん、経験が足りたということはあり得ないことだけどね。
 いつか、キラは、「夢を見ましょう」という言葉のこわさに負けそうになる。ただ、あの娘が、ちゃんと、「夢を見ましょう」と言う言葉を、自分の感情とそして、自分の言葉で考え出したのなら、生涯、「夢のこわさ」には負けないだろう。

 そう。成人を認めるってのはね、もう一人前ってことじゃない。あとは、自分で悩んでゆけるだろうってことだよ。

4 445 95/07/31 21:41:13 ERIKA 『西の街のキラ』 第21夜 その3
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 アキの語ったエピソード

 正直、あたしなんかで良いのかな……って気はしたわ。だってね、本当はキラとそんなにつきあいあった訳じゃないものね。私がキラに会ったのは、ハルカが出会うより前だわ、まだ、キラはペペルと一緒だったもの。

 ポポと同じサーカスで歌ってたんだけど、ちょっと体調崩して、街の人に替わってもらうわけにいかないし、ちょうど占い師のキラに白羽の矢を立てたってわけ。だめなら、サーカスの誰かに歌ってもらおうかとも思ったけどね。キラの歌は、その頃から、聞いていて夢中になるところがあったわ。なんとなく、言いようもなく何かをしたくなるの。
 ポポの話だと、最近のキラの歌は、「聞き手を選ぶ」らしいけど、当時は、なんというか、聞く人をだれでも引きずり込む迫力があったわ。

 でも、さすがね、キラも。ちゃんとナギを、自分の「鏡」を見つけるなんてね。

 アキがそこまで話したとき、ちょうどポポが帰ってきた。
「いい具合ですよ、ハルカ。今晩化粧を落とさないといけないのがもったいないくらいだ」
「そう、じゃ、安心ね」
 ハルカがほっとしたように言った。

 ポポの語ったエピソード

 「聞き手を選ぶ」ってのは、ちょっと違うな。大丈夫だ、誰が聞いてもキラの歌はうまい。ただな、聞くやつが聞けば、昔よりもっと引きずり込まれるな。ナギも引きずり込まれた口だろう。
 なんと言っても、おれが驚いたのはな、アキの代理で歌うって時に、あざだらけで出てきたことだな。あの歳で(ペペルは、あの歳だからだと言ったが)客に殴られるような占いをやるなんて大したものだなと思った。

 まあ、歌の方は、アキが聞いて代理を依頼したんだから、間違いはないだろうとは思ったがな、あの顔でステージには立たせられないからな。その時にあざの消し方を教えたのが縁で、成人式に呼ばれることになったか。
 正直、おれはうらやましかったな。「夢を見ましょう」と言って歩くのに、殴られるのも辞さないなんて大したものだ。あの頃キラは、「あざなんか気にしない」なんて言ってたけれど、いずれキラもレディになるんだろう。あざの消し方くらいは知っていた方がいいからな。それに、どうみても、殴られないように得らないで手を抜くなんて風には見えなかったしな。
 ま、歌い手になったんだ、あざの消し方も役に立ってるだろう。

「じゃ、ナギ、明日は出席をお願いしますね」
 最後にハルカがそう話した。

4 446 95/08/01 21:43:42 ERIKA 『西の街のキラ』 第22夜
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「では、キラの成人を認めて、『ハシカミ』という名前を贈ります」
「な、なんて……」と、キラ。
「ハルカ、あんた、それは……」と、ポポ。
「そんな……ことが……」と、アキ。

 キラの「誕生日」の終わりに、ハルカはこう宣言した。キラの成人が認められたのは、嬉しいことだし、そのお祝いに、「ハシカミ」という名前が贈られて……だから、キラは、今夜から「ハシカミ」と名乗るのだというのは、わかった。成人を認められると、「先生」から名前を贈られる習慣だと言うことも聞いていたし、驚くほどのことでもないだろう。
 皆が驚く中で、おれは訳も分からずにいた。

「私が、そう決めました」
 ハルカが再び言うと、ざわめきはおさまった。これは決定なのだ――ハルカの厳しい表情がそう語っている。

 最初から話そう。
 夕方になってキラは、19歳になったキラは正装に身を固めて、姿を見せた。
「確かにキラの面影はあるが……」というのが、おれの正直な感想。急に大人びた、初めて見るキラの姿だった。

 「儀式」が始まった。
 まず、キラが、「挨拶」をする。19になったことの報告と、西の街で過ごした一月あまりの生活。行方不明になっていた間のこと、そして、最後に、おれを相手に話した、「夢の重さ」の話。
「私は、夢を、本当に大切にしている人を探し出します。そして、私の言葉で、例え誰が悲しんだとしても、『夢を見ましょう』と言って歩きます。私は、『夢を見ている』人間なので、同じく、夢を大切に抱えている人たちにつきます。夢の重さを考えたこともない人たちが、夢の重さ故に悲しんだとしても、それは自業自得ですから。私は特定の夢を支持するのではありません。大切に抱えてきた夢だけを支持します。」
 キラは、こうして話を締めくくった。

 ついで、ポポとアキが、キラのエピソードを語った。
 あざだらけになっても、歌うことをいとわなかったキラ。それ以前に、あざだらけになることを知っていて、ペペルとともに占いに歩いたキラのことを。

 おれは、こういう場面で、どう語ればいいのかわからなかった。それを、キラが引き取った。

「ナギは、昨日まで街の住人でした。だから、どのように語ればいいのかわからないのは無理もありません」
「なぜ、そのような者をこの場に招いたのか?」
「ナギは、どのように語ればいいのかわからないのですが、何を語ればいいのか知っています。彼は作家です。作家が書いたもので語るのは不自然ではありません。そして、それは、言葉になっていて、『語られる』ものです」
「では、その前に、ナギが『今日からは街の住人ではない』ことを証しなさい」
「『語り』の最初の夜に、私は何も話すことができませんでした。だから、何か話したいことを――何が話したいのかを長い間かかって探しました。そして、やっと、『街の明かりが見えるわ』だけ話すことができました」
「それで?」
「ナギは、こう答えてくれたのです。他のどんな言葉でもなく、『そうだ、街の明かりだ』と」
「ナギ、それに間違いありませんか?」
「間違いありません」
 つい、おれも神妙に答えてしまう。

「わかりました、ナギのノートを読み上げなさい」
「はい」

 キラは、おれのノート、一月の間、キラの話をまとめたノートを読み始めた。長い間をかけて。キラが読み終わった後、ハルカは、静かに語った。そして、その後は最初に紹介したとおりだ。

 おれには良くわからないところもあるが、めでたいことなのだろう。
 すべてが終わると、キラは、いつもの酒場で最後のステージを務めた。正装のキラ――もう、ハシカミか――は、随分大人びて見えた。ハルカがリュートを弾いた。アキがコーラスで入り、ポポが、即席の「ハシカミ一座」を、ユーモラスに紹介した。
 おれは、客席にいた。
 ハシカミが、おれの詩を朗読してくれた。この間ハシカミに頼まれて作った詩だ。ハシカミの朗読の間も、ハルカのリュートと、アキのコーラスが、静かに響いていた。


4 448 95/08/02 21:46:11 ERIKA 『西の街のキラ』 第23夜(エピローグ)
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 酒場での最後のステージを終えた後で、おれは、キラ――もう一晩だけ、キラと呼ぶことにした――と、最後の夜を過ごした。

 最初に、キラは神話を聞かせてくれた。「世界は昔、2人の神――金の神様と銀の神様――によって治められていました……」で始まる短い神話。
 それは、ジプシー達の間だけで話されてきた物語だ。おれも、仕事がら、街道回りの神話・伝説の類には、それなりに詳しかったりするのだが、これは、初めて聞いた。
 そして、2人の主神のうちの1人、銀の神の名前を「ハシカミ」という。

 珍しいな、やっぱり。
 おれはちょっと考えてみる。キラとペペルは、北の国の神話の神の名前だ。ハルカは……わからないな。ポポは、ちょうど、この「西の街」の泉の精。アキは、やはり北の国の星の名前だ。彼らは、普通ありふれた名前を付ける。
 ありふれた……そう、彼らの言葉で言えば、「街の住人」の言葉を借りて。自分たちの神話から、あからさまに引いたりはしない。
 だから、キラや、ポポやアキは驚いたのだろう。

「私が、そう決めました」と、ハルカは宣言した。あとでキラに言ったそうだ。
「あなたなら、『ハシカミ』という名前を付けたわけが、わかるときが来ると思う。そうしたら、あなたは、自分自身の名前を付けなさい」

 実は、おれはこのあと、キラに「野暮な告白」なんてまねをしている。
「そうね……」
「嫌に冷静だな」
「うん。わかってたもの」
「わかってた?」
「プロの占い師を甘く見ちゃいけないわ。でも、答えには困るわね。『私もよ』って言ってもあなた信じないでしょう? 『大嫌い』って言ってしまうのはもったいないし。まあ、今度会うときまでに、気の利いた返事を考えておくわ」

 キラは、おれの頬に、無邪気なキスをよこした。雨だ……。キラは雨女か。

 「今度会うとき」か。多分、おれ達はまた会えるだろうと思う。キラが仲間だと認めてくれたのだから。それがいつのことかわからない。わからないが、おれは、その時、今度は「ハシカミ」の物語を書くのだろう。

4 450 95/08/04 01:09:03 ERIKA 『西の街のキラ』 補稿
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【ジプシー達の文化】

 最初に、神話をご紹介しましょう。

 昔、2人の神様――金の神様と銀の神様――が世界を治めていました。
 ある日、2人の神々は、生まれたばかりの12人の赤ん坊に贈り物をしようと思い立ちました。使者が呼ばれ、贈り物を携えて、地上に向かいました。
 ところが、その途中で、鳥にぶつかりそうになったはずみに、使者は、贈り物をひとつ落としてしまったのです。

 使者は夜通し贈り物を探したのですが、結局見つかりませんでした。
 明け方になってから、使者は、しかたなく残った贈り物を海に流しました。
 1個を欠いた贈り物は、海を漂っていきました。

 「おまえ達の責任だ、金の神は星くずになれ、銀の神は朝露になれ」
 その時、声が響きわたったと言います。
 そして、それ以来、世界は人が治めることとなりました。

 不思議な話です。
 私は、職業柄、街道の街に残る神話には、詳しい方なのですが、これは、初めて聞く話でした。
 そしてまた、ここに残された言葉の、曖昧なことと言ったらありません。
 そもそも、「おまえ達の責任だ」と言ったのは誰なのでしょうか? なぜ、神々は責任を問われなければならなかったのでしょうか? 使者はどうなったのでしょうか? 11個の贈り物は、11人の赤ん坊のもとに届いたのでしょうか?
 とても短い話のなのに、わからないことだらけです。

 初め、私は、ジプシー――キラ達が、結局贈り物をもらえなかった12番目の赤ん坊の子孫なのではないかと考えたのです。だとすると、彼らが、定住することを知らないのは、使者がなくしてしまった贈り物を未だに探しているのだという説明が付きます。
 しかし、これはどうやら違ったようです。
 キラが、銀の神様の名前を贈られたという話を聞いて、私は、ジプシー達は、むしろ、2人の神――金の神と銀の神――の末裔だったのではないかと思い始めました。私は、そこに、キラや、仲間達の人間に対する思い詰めたような愛情と、そして同時に、どこか後ろめたそうなためらいとの原型を見るような気がするのです。

 そもそも、神々は、なぜ贈り物をしようなどと考えたのでしょう。きっと、単純な動機だと思うのです。地上に生まれてくる子どもたちを愛していたのだという。
 贈り物をすることさえなければ、今も、2人の神々が世界を治めていたかも知れないのに。贈り物をすることで、結局、贈り物をもらえない赤ん坊ができてしまった。

 だとすると、「おまえ達の責任だ」という言葉は、そのまま神々自身の言葉だったのかも知れません。「私達の責任だ」
 ここに、神々の――キラ達の――強さと、そして弱さがあります。
 「街の住人」という、彼ら独特の表現があります。けれど、彼らが、「街の住人」を馬鹿にしているということはないのです。むしろ、「街の住人」を愛するが故に、彼らは自分の思い――キラなら、さしずめ、「夢を見ましょう」――を、伝えるのです。キラの強さは、彼女の言葉が、どれだけの人を悲しませることになるのかを知っていて――少なくとも、感じていて――それでも話すことのできる矜持です。
 が、しかし、赤ん坊への贈り物を思いついて、それがあだになって、自らを、姿のない「星くずと朝露」に変えてしまわざるを得なかった、神々の恐れもまた、キラ達は受け継いでいるのです。

 それにしても、使者はいったいどうなったのでしょう。
 最近、私は、使者など初めからいなかったのではないかと思ってみたりもしているのです。それは、「私達の責任だ」と言っておきながらも、どこか、自分たちのことをかばってしまった、神々の幻想だったのではないでしょうか。

 そう言えば、海に流された贈り物はどうなったのでしょう。
 11人の赤ん坊のもとには届いたのでしょうか? そして、届いたとしたら、贈り物を受け取りそこねた赤ん坊は、本当に不幸せになったのでしょうか?
 やはり、それもわからないことなのです。いえ、むしろ、それは、神話には「結末がなかった」と言うだけのことかも知れません。今もなお、キラは、あるいはハルカは、自分の思いの強さが、悲しみに暮れる人を作ってしまう結末を目の当たりにして、少しばかり怯えるのでしょう。だからこそ、町から町へ、歩き続けるのでしょう。
 神々の末裔は、確かめられなかった12人の赤ん坊の幸せを、今も思うのです。

 そして、私としては、今は、人を悲しませて、諾々として殴られることしかできないキラが(彼女は、「いつか呪縛を解いてみせる」と言ったではないですか)、彼女にふりかかった呪縛だけではなく、「ハシカミ――銀の神」の自縛からも、逃れられることを祈ってやみません。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
『西の街のキラ』 by 麻野なぎ
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(licensed under a CC BY-SA 4.0)

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