キラ ――砂漠の雨――

キラ

今は砂漠になった廃虚で、この手紙をあなたに託す。
私が査察官として赴任した頃、ここは交通の要所として栄えていた。砂漠の中にありながらオアシスをかかえ、同時に海に面したこの村は、陸路にしても海路にしても、あるいは陸路と海路をつなぐ中継点として、小さいながらも良く知られた村であった。
今では一面に砂漠が広がるだけの景色。ちらほらと見える朽ち木が、かろうじて集落の跡を伝えている。「水脈が変わった」と、当時、村人達は言った。

あなたに語るのは、私が査察官として扱った最後の事件である。10年程前、既に水脈が変わりつつあり、集落としての命脈をかろうじて保っていたこの村で起きた事件を、私は「殺人事件」と記録した。キラという少女が殺人犯として訴えられた。私は職務として彼女を取り調べ、最終的に、この村からの追放に処した。なんて間の抜けた判決だったことだろう。いずれにしても、この村――彼女の「故郷」は、その後じきになくなってしまったというのに。

事件というのはこうだ。
当時16のキラは、この村で占いを生業としていた。発端は、彼女の占いだった。訴えによれば、彼女は一人の若者を「けしかけた」のだ。この村きっての家柄の娘に恋した若者が、キラに相談を持ちかけた。キラは、彼女自身の証言によれば、確かに「けしかけた」のだ。
キラに相談を持ちかけた夜、若者は夜這いをかけ、衛兵に見つかり、殺された。娘の一族は、夜半に忍び込む男を殺すのは、正当なことだと主張した。殺された若者の親族は、思い余ってキラを訴えた。彼女が悪意で若者をけしかけ、殺されるような行動をとらせたのだと。けしかけられでもしなければ、「あの子」は夜這いなどと言う馬鹿げたことはしない。
一方、キラの弁護人は、占いを完全に信じることがいかに理に反したことであるかをとうとうと語り、故に、占いを以て「悪意でけしかけた」とするには当たらないと結論した。しかし、キラ自身が弁護人の証言を拒否した。私は先に書いたように彼女を取り調べ、追放――この村の法律によれば、確かに殺人罪に適用される科料である――に処した。

「キラというのは君か?」
「そうです、査察官様」
「調書によると君の職業は占い師となっているが、間違いはないか?」
「間違いありません」
「しかし、君は夜は酒場で歌を歌っていたらしいが、そちらが本業ではないのか?」
「いいえ」
記録には残っていないが、私は彼女に言ったのだ。占い師が本業であれば、占いの言葉が法的に問われることはあり得ると。しかし、うたうたいが本業であれば、いくら見料を取っているといっても、プロの占い師とは見なさないこともできる。だから、占いの言葉について、法的な責任を免れることもできる。
しかし、彼女は私の申し入れをも拒否した。

「君はあの若者に対して間違ったことを言ったのか?」
「いいえ、間違ったことではありません」
「間違ったことを言わなかったのに、君は自分の罪を認めるのか?」
「簡単なことです。詐欺で訴えられたのなら何度でも繰り返します。私の言葉は決して嘘ではないと。でも、殺人で訴えられたのなら、私の言葉がそれだけの力を持っていたと言うだけのことで、それはそうなのかも知れません」
「そうか……では、話を聞かせてもらおうか」
「私は……」キラは話し始めた。

私のテントを訪ねてきた若者は、ケイ――このあたりでは一番の家柄の娘――を好きになったのです。ひやかしじゃなかった。私、こう見えても占い師の端くれだから、それくらいはわかる。彼は、もちろんケイの財産目当てではなかったし、なにより、ケイと一緒になることを、夢物語だと思ってもいなかった。ここまでは本当のことだわ。彼は純粋だった、確かに。
ただ、少し不安はあったの。彼の話をいくら聞いても、私にはケイがどんな人なのか見当が付かなかった。そう、なぜ彼がケイのことを好きなのかまるでわからなかった。私は自分を言い聞かせなければならなかったわ。「人を好きになるのに理由はいらない」

「それで、君は彼をけしかけたのですか?」
「そう……」続けてキラは話した。

「不可能じゃないわ」そう言ったの。14で占いを始めて、初めて自分の夢を話してくれた人。そして、私の占いを信じてくれた人。彼は、まるで勲章みたいに自分の夢をぶら下げて歩いてた。
喰いっぱぐれたことはないけど、私の言葉を信じてくれる人なんて、そんなにはいないわ。夢を抱えている人は、たまにいる。でも、恥ずかしがらずに話すことができる人なんて、初めてだった。

「だから、君は夢を叶えて欲しいと思った。そして、『不可能じゃない』と言ったのですね。星を見たのですか? それともカードを?」
「こう見えてもね、私、星もカードも読めないの」
「それこそ、詐欺ではないですか?」
「どうして? 占い師の――少なくとも私の仕事は、予言することじゃないわ」
「予言することじゃないですって?」
「そう。『夢を見ましょう』って言って、あとは、思い出してくれるのを、そして、自分の夢に気づいてくれるのを待つだけ。だって、不可能だって決めつける根拠ってある?」
「それは、家柄も違うし、第一、そんなに簡単に人は結ばれるものじゃない」
「じゃ、『不可能』にいくら賭けられます?」
「それは……」
「そういう意味なの。ごめんなさいね、当たり前のことしか言ってなくて。でも、それだけで、本当に夢を見ている人なら思い出してくれるわ」
「それで、彼はいきなり夜這いをかけたわけですね」
「そう。それは本当にうかつだったわ。彼が、ただ単に微熱に浮かされているだけだなんて、そんな単純なことが見破れなかったなんてね。占い師返上ね、これじゃ」
「つまり、君の言葉は適切を欠いたということですね」
「そうかも知れません。査察官様。でも、それでも、私は、きっと、『あきらめなさいよ』とは言えなかったと思います。なにより、私が浮かれていたんだわ。やっと仲間を――夢を見ているのだと、恥ずかしがらずに言える人を――見つけることができたと思って。わからない。やっぱり、『あきらめなさいよ』なんて、言いたくはなかった」
「それは……」

取り調べの記録は、これですべてである。
当時の殺人の科料にも何段階かがあって、追放は最も軽い科料に当たる。公平な目で見れば、誰もがキラの無罪を主張しただろう。少なくとも殺人の罪は問えないはずだ。だから私は、むろんのこと彼女の両腕を切り落とすことはできなかった。
しかし、私はまた、彼女に無罪を通告することもできなかったのだ。

ペペル

話を進める前にもう一人の人物を紹介しておかなければならない。ペペルという老人がキラの身元引受人になった。キラの叔父であり、唯一の肉親だと言う。
ペペルは、キラがとらえられた翌日、彼女の抗弁に訪れた。

「あなたがペペル――キラの抗弁書をお出しになった方ですね」
「そうじゃ」
「では、査察官として最初に断りをいたします。あなたの抗弁書とあなたの証言を当方で考慮する可能性はありますが、判決はあくまでも法に従って行われるものであり、あなたの証言が必ずしも認められ、証拠として扱われるとは限りません。また、キラに対して有利であっても不利であっても、偽証がなされた場合はあなたもまた処罰の対象になることを心得てください」
「それでよい」
「では、キラに対してなされた訴えに対して、反論すべき事があればあればおっしゃってください」
「なにもない」
「ないですって?」
「そうじゃ。あんたにちょっと話を聞いてもらおうと思ってな。あんたに会おうと思えば、抗弁書を出すのが一番だろうて」
「それはそうですが……では、話というのを聞かせてください」
「話というのは他でもない、もしもあんたがキラを有罪にするつもりなら、わしが身元引受人になると、言っておきたくてな」
「どういうことでしょうか? 確かに当局は有罪判決を言い渡した際には身元引受人を設定する可能性はあります。また、あなたが彼女の肉親であって、そのうえあなたが承認するのならあなたを身元引受人に選定することは何も問題はありません。何も抗弁をしてまで私にお話になることはないと思うのですが」
「まあな、いろいろあってな」

ペペルは話し始めた。
わしはキラからひととおりの話を聞いた。あの娘は同じ事を全部あんたに話すだろう。わしから話しておかねばならぬ事は何もない。あんたはキラをどうするおつもりかな。両腕を切り落とすか、この村から追い出すか。
実を言うとな、わしは抗弁に来たのではない。逆じゃ。あんたに有罪判決を言い渡してもらおうと思って出かけてきたんじゃよ。
あいつはわしの娘じゃ――いいや、わしの姪だと言うのは本当のことじゃ。なにぶん、わしはあいつを自分の娘だと思って暮らしてきたのでな。わしの娘は、「夢を見ましょう」が口癖でな。いつも占いに出かけてはそう言っていた。あんなものは占いでもなんでもない。だが、わしはそれでも良いと思っていた。あれはわしの自慢の娘じゃ。
あいつは、3文占い師だのと陰口をたたかれていた。それでもあいつはひるまなかった。それもその筈で、夢を見ることもできないやつらの言いぐさなど、あいつは気にもかけなかったのじゃから。

誰が悪いなどと言えるもんじゃない。でもな、わしは、あの男――単なるあこがれと夢の区別もつかずに、キラの前に現れた男が、なんと言っても悪いと思っている。まあ、無理はないがな。それを見抜けなかったキラの自業自得と言われてしまえば、その通りじゃ。
それに、あの男は憎いには違いないが、本当に夢を見ることができるまでには、熱病のひとつやふたつは、経験するものじゃからな。あの男も、キラに出会うのは早すぎただけなのかも知れぬ。殺されずにいれば、あるいは、いずれきちんと夢を見ることもできる男だったということも、あるかも知れぬな。
いずれにしても、キラはな、わしの娘はな、たとえ「夢を見ましょう」と言ったばかっりに人を死なせてしまっても、決して、もう夢を見ることはやめようなんてことは言わない。わしの娘だからな。いや、本当の所を言うとな、キラには、「夢を見るのをやめよう」なんて、言わせたくないんじゃ。

そう話したときのペペルはなんだか、少しうれしそうにも見えた。
「それで、なぜ、有罪を言い渡さなければならないのですか?」
「あいつには、今度このことは荷が重すぎた。あいつはまだ子供だ。人を殺すには早すぎた。だからな、他の誰かがあいつのことを責めてやらなければいかんのだよ」
「村の人々がキラにはつらく当たっていると思いますが」
「無視するのと、きちんと罪科を言い渡すのとは別のことじゃよ。あいつには人殺しはまだ早すぎた。荷が重すぎた。だからあんたに有罪を言い渡して欲しいのじゃ。
そうすれば――こう言えば失礼だろうが、夢を見ることも知らないあんたに有罪を言い渡してもらえば、キラはまだ生きてゆける。そうしなければ、あいつは、ことの重さに負けて、自分で自分を有罪を決めてしまいかねないからな。そうなれば、占い師キラは、もう生きてゆけぬじゃろう」
「夢を見ることも知らぬとは、お言葉ですね」
「違うかな?」
「そう言われてしまえば、返す言葉はありませんね。それであなたは私に憎まれ役をやれとおっしゃるわけですな」
「そうじゃ。あとはわしが面倒を見る。あいつに人殺しをさせたのは、もとはといえばわしじゃからな」
「どういうことですか、それは? 場合によっては殺人教唆を適用しますよ」
「なんのことはない、キラに『夢を見ましょう』と吹き込んだのはわしじゃよ。夢を見るにはキラも少々幼なすぎたようじゃ。しかし、あいつはわしの娘だ。夢を見ることがどれだけ人を悲しませることか、あとは、それさえわかれば、じきにわしがついていてやる必要もなくなるじゃろう」
「わかりました。あなたの申し入れを考慮します。しかし、あくまでも判決は法に従ってなされるものであることをご承知おきください」
「ああ、それでよい」

判決

私は翌日になって判決を言い渡した。若者の一族は、あくまでも両腕を切り落とすことを主張したが、私はそれを無視した。
不思議な事件だ。法も公平もあったものじゃない。おまけに、何から何までばかげた判決だ。この村の余命は結局、その後数年ももたなかった。集落として存続し得なくなり、私も査察官を解任された。なんのことはない、村人すべてが追放だ。
そしてなにより、追放した罪人に、もはやこの村の司法の手の届かぬ娘に身元引受人を定めるなど、とんだ茶番だ。
それでいて、私はこの判決を快く思っている。正義とはいったい何だったんだろうか。私は、まちがいなく無実のキラを殺人犯に仕立てた。そして、今でも、自分 自身それを間違ったことだとは思えないのだ。

事件から2年程経って、ペペルが亡くなったという噂を聞いた。その後も街道沿いに、占いがもとで小さないざこざを起こしているキラの噂が絶えないのは、彼女が今でもひとりで、「夢を見ましょう」と言って歩き続けているという証なのだろうと思う。
あの日、「人殺し」と言われおどおどとしながらも、「あきらめなさいよとは言えなかったの」と最後まで話していたキラ。夢を見ることで不幸になった――それは違うな、夢を見続けながらもかなえることのできなかった、そして悲しむ人たちを見ながらも、今もまた。

これが、あなたへの便りのすべてである。

キラがこの村を出ていった夜、雨が降った。何年ぶりかの雨で、そして砂漠には珍しい穏やかな雨だった。雲が切れて、折しも三日月がのぞいていた。
今は昔の物語である。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
『キラ ――砂漠の雨――』 by 麻野なぎ
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Nagi -- from Yurihama, Tottori, Japan.
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