小品集

【遺跡巡り】[97-11-23]

「また穴堀り?」
「ま、そんなところだ」
「飽きないわね、あなたも」

ま、そんなところだろうとは思った。このところ、彼は毎日「発掘」などに出かけてゆく。まあ、それが不満というわけではないのだけどね……ま、ちゃんとした、彼のお仕事だし、人様が働いているときに仕事に出かけるの は、しごく当然のことではあるし……なんだか、自分でもわからない。

あたしは、(珍しく)彼がくれたペンダントなどいじくりながら、彼を見ている。どうせ、銀なんかより、錆だらけの、銅のペンダントの方が彼にとっては素敵なんでしょう。

あ、まがっちゃった。
しまった、銀って簡単に曲がるんだわ。
ま、いいか、不機嫌の記念にこのまま取っておこう。

「めずらしいよ、これ」
帰って来た彼は、少々興奮ぎみだ。
「なに? また、銅のペンダントでも見つけたっての?」
「そう。でもね、これ変なんだ」
彼は、端の方が少しねじれたペンダントを見せてくれた。
「回りの状況からして、これは、土に埋まってからねじれたものじゃない。かといって、どう見ても、出土したのはごみ箱の類じゃなくて、大切にしまわれていたとしか思えない」
「それで?」
「なぜ、ねじれたペンダントなんか大切にしまっておいたのか、もしかしたら、ペンダントをねじる風習があったのか、どっちにしても、これは謎だ」

考え込む彼を見ながら、私は、なぜ彼が毎日発掘なんかに出かけてゆくのか、少しわかったような気がした。
「ねえ? こういう解釈はどう?」
「なに?」
きっと、彼は笑いころげるんだろうな。

【寓話】 [97-07-06]

そこは大層小さい国でありました。
王様とお后様と、3人の王子の他には誰も住んでいない国でありました。

ある日、王様は遺言を残してお亡くなりになりました。
長男には国の西側を、次男には国の東側を、そして、末の息子には、その間を。
そういうわけで、王子様方は国を3等分にして暮らしていらっしゃいました。

ある日、長男が末の息子に言いました。
「私は、国の西側を譲り受けた。おまえが引き継いだのは、兄達の『間』だ。おまえの取り分がこんなに広いはずはない」
末の王子の土地は半分になりました。

別の日、次男が末の王子に言いました。
「私は、国の東側を譲り受けた。おまえが引き継いだのは、兄達の『間』だ。おまえの取り分は、どうも東側に偏っているようだ」
 末の王子の土地は少しだけ西側に移りました。

この調子で時間は流れてゆきましたが、末の王子の土地は、とりあえず、彼が暮らしてゆくのにはどうにか足りていたので、末の王子は何もいわずに、暮らしていました。
そしてある日、末の王子は、たまたま通りかかった娘に恋をして、彼女と一緒に小さな国を出てゆきました。

こうして、王様とお后様と、3人の王子の暮らしていた、小さな国のお話は、全部終わってしまったのでした。

【たんぽぽ】[98-02-22]

私はツバメです。そう、春と秋に旅をするあの、ツバメです。
なにか話をしろということなので、本日は旅先で出会ったタンポポの話などさせていただくことにいたします。

私は、春先の旅の途中でタンポポを見つけたのです。あ、秋の旅で同じ場所を通りかかったときにはもういませんでした……が、それは、タンポポのことですから、当然のことであります。
さて、そのタンポポは、広い草原の真ん中にひとりだけ咲いていました。他のタンポポだとか、なんとか話の通じる他の種類の花だとかはひとりもいなくて、細かな下草に囲まれて咲いていたのであります。
また、風が通りかかったり、太陽が照ってみたり、またある時には雨が降ったりもするわけでありますが、そういったものたちは、そもそも話すことすらできないというのは、皆様ご存知の通りであります。

つまり、早い話が、かのタンポポはたったひとりで寂しく咲いていたのであります。私は、タンポポのことが少しばかり気にかかったものですから、しばらく草原に滞在して様子を見ておりました。

そのタンポポは、言葉がわかるはずはないのに、まわりの下草たちの会話を楽しんでいるようでした。太陽や風や、そして、私達の嫌いな雨の冷たさをも楽しんでいるようでいた。
ひとりぼっちのはずなのに、楽しそうに暮らしているタンポポに安心したので、私はそのまま旅を続けたのです。

【ゆかり】[96-07-01]

午前5時の新聞配達。そういえば、今日は新しいお客さんがあったっけ。
初めてのアパートの初めてのお客さん。ぼくは、新聞を入れようとしてちょっと驚いてしまった。

《「ゆかり」です。 おはよう!》
 こんな表札ってあるんだろうか。

ところが、ある日……
《「ゆかり」です。 落ち込んでます。声かけないで》

ぼくはなんだか心配になって、夕刊の時間にまで見に来てしまった。夕刊は、ぼくの担当じゃないのにね。
でも、また、幾日かたって……

《「ゆかり」です。 きっと、明日は笑顔になれます》

楽しみがまたひとつ増えた。

【落とし物】[96-12-08]

「雪です」
「何ですって?」
「だから、雪なんです」

交番に男の人が駆け込んで来ました。なんでも、雪を落としたのだそうです。

「雪って……ひょっとして、『雪』っていう名前のネコですか?」
「だから、本当の雪なんです」
「本当の?」

失敬。そのあたりから説明せねばなりませんね。今、そのあたりに積もっている白いものは雪じゃありません。雪もどきです。なるほど、白くて、寒い夜に積もって、触ると溶けてしまうのは、良く似ていますが、良いですか? 本物の雪は触るとほんのりと暖かいのです。
もっとも、やっぱり、本物の雪も触るとすぐに溶けてしまいますから、ほんのりとするのもほんの一瞬だけですけどね。

「でも、あなたのおっしゃることが本当だとしてもこの雪――えっと、雪もどきですか――の中じゃ出てこないと思いますけどね」
「それはそうですよね。しかたないですね、また来年探しますよ」
「また来年?」
「そう。本物の雪はその年の最初の雪もどきに混じってしか降ってこないんです」

 そういうと、男の人は出ていったのでした。

【傘は雪の中に】[97-01-05]

助かった……ぼくは、突然降り出した雪の中で、そう思いました。傘をみつけたのです。ちょうど、角のゴミ捨て場の隣に、一本立てかけてありました。
あたりには誰もいませんし、降り出したのは、いましがたでしたから、忘れていったのでもないでしょう。
それより、ゴミ捨て場に捨ててあるのに違いありません。

捨ててある傘なんて、ちょっと嫌だなとも思ったのですが、雪も結構降り始めたので、思い切って拝借することにしました。

さて、捨ててある傘……なんて思ったのですが、なんだか、とても軽くていい傘でした。ぬけるような空色で、傘の中だけ穏やかに晴れているように見えました。

あんまり素敵な傘だったので、やっぱり、誰かが置いていったのだったら、申訳ないなと思って、ぼくは、翌朝傘をもとあったところに戻しておきました。
それからです。
時々、雪や雨の日に、ぬけるような空色の傘が、同じ様に置いてあるのを見掛けるようになったのは。


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Nagi -- from Yurihama, Tottori, Japan.
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