a mail for you

 誰だったのかしら、オサパを編んだのは……
 送り主のない組み紐細工に、人は今も心奪われる。

 彼女からのメール。とうとう「オサパ」を読み解いたという短い報告と、あとは解読に使ったというチャートの類と、そして、お礼の言葉が乱雑に詰め込まれていた。

 オサパ。この地方の北部から東海岸を経て西進する、古くからの街道地方に散見される遺物。組み紐細工。まっとうな考古学者は、必ずこうコメントする。
「オサパは、街道のどの時代の文化とも共通する要素を持たない」

 私が、彼女に最初のメールを送ったのは、彼女が考古学雑誌に、「オサパはかつての文字であった」と発表したときだった。
 オサパが文字であるという発想自体は、そんなに珍しい物ではない。実際、私もかつて、オサパの「解読」を試みたことがある。私は失敗し、結局、こう結論づけるしかなかった。
「オサパは我々が知っているどのような言語とも共通する要素を持たない」

 私は、かつて手がけた解析データを渡し、無駄なことはするなと、メールを送り付けた。かなり前のことだ。
 その答えが、これか。
 彼女のことは、良く知っている。彼女は決して、研究に嘘やはったりを持ち込むようなことはしない。だから、おそらく、彼女は本当に読み解いたのだろう。私が読み解けなかった「文字」を。
 それにしても、「お礼」は皮肉だな。

 私は、彼女の送り付けてきたチャートを眺めた。

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 彼はメールを受け取ってくれたろうか。ちょっと考えてみる。「お礼の言葉」はあれで良かったかしら。皮肉だなんて受け取られたら、ちょっとつらいわね。
 私が、オサパは文字である――と、そう発表したとき、彼はいきなり反論を送り付けてきた。
 実際、彼のデータは完璧で――そもそも、嘘や嫌みで、「無駄なことをするな」なんて言ってくる人じゃないけど――私としても、事実を認めざるを得なかった。
「オサパは我々が知っているどのような言語とも共通する要素を持たない」

 それと同時に、やはり、オサパは文字であると信じていたかった。もう少しで、手にしたオサパの束が、語りかけてくるような気がした。けれど、オサパは、他のどの言語とも共通点を持たない。確かに。

 私は、たっぷり1週間悩んで、突然に気付いた。オサパは、むしろ、絵画――秩序と意味を持つ絵画だわ。
 だから、私は彼にお礼の言葉を送った。彼のおかげで、私は、スタートラインでかなり大きなアドバンテージを手に入れたのだから。
 決して嫌みなんかじゃない。きっと、彼は気付いてくれるだろう。

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 私は、彼女の送り付けてきたチャートを眺めていた。不思議なチャートだ。古代文字を表現するためにチャートを使うのは、ごく当たり前のことだ。けれど、彼女の送ってきたチャートは、初めて見るものだった。
 不思議なチャートだ。初めての物だから、意味はわからない。わからないのに、涼しそうだとか、寂しそうだとか、あるいは、燃え盛る炎だとか……そんなイメージが感じられる。
 彼女はチャートを読むためのデータを同封してくれているだろう。だから、きっとこのチャートを読むことは出来るに違いない。けれど、今は感じるだけにしておこう。読むのは後でいい。
 なぜ、彼女は新しいチャートを作らなければならなかったのだろう。

 それと同時に、それが、至極当たり前のことのような気もする。彼女はそれを、オサパを読み解くために使ったのだから。

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 厳密に言えば、オサパは絵画でもない。見えるもので、言葉ではなくて、何かを伝えるためのものが絵画なら、触ることが出来て、言葉ではなくて、何かを伝えるためのものが、オサパ。
 できるだけ素直に――そう言ったのは、誰だったかしら。

 そうね。だから、彼にお礼の言葉を贈ったのは間違いじゃない。「文字ではない」ってのは、とても大切なヒントだった。オサパの手触りの中から最初の文章が浮かんだ。

 《ハシカミ→死んだ》《ナギ→《キラ←記憶》》→伝えられるもの

 どうしても、うまく表現できない。そうね。言葉でないものを言葉で表してはいけない。

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 意外なことに、彼女はチャートの束と、「お礼の言葉」以外の物を送っては来なかった。彼女はなぜ新しいチャートを作ったのだろう。そして、なぜ、彼女は、新しい――「他のどのチャートとも共通の要素を持たない」チャートを、なんの説明もなく送り付けてきたのだろう。

 もう一度、彼女の謝辞に目をやってみる。そうだった。嫌みのつもりなら、彼女は決して謝辞など書かない。だから、これは、彼女の礼なのに違いない。

 いつしか、私は、チャートの中の1枚に見とれていた。
 これは、「彼女」がよこした物だ。なんとなく、そう感じて、わたしはチャートを抱きしめた。

 私は、いつか、彼女のチャートを理解できるだろうと思う。漫然とした――けれど割と確かな確信。
そう、自分では、もう気付いているのだろう。

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 だから、私はチャートを作った。ううん、まるで詐欺。オサパを書き写すには、オサパが必要だった。紙に書き直しただけのオサパ。

 街道の文化の中で、どの文化とも共通点を持たないオサパ。そうだわ。オサパは、街道の物ではない。どの文化とも、どの文明ともつながらない――だからこそ、ほんの少し素直になれば、誰もが読み解くことが出来る。誰もが、編み上げることが出来る。

 誰だったのかしら、オサパを最初に編み込んだのは。
 彼は、私の編んだオサパを、読み解いてくれるだろうか。
 もしも、彼が読み解いてくれなかったとしても、きっと、他の誰かが、私とは、「なにひとつ共通点を持たない」文化の中で、誰かが読み解いてくれるに違いない。


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Nagi -- from Yurihama, Tottori, Japan.
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