我が輩はチーである

我が輩はチーである。
チーターのぬいである。ぬいというのは、「ぬいぐるみ」のことだが、「ぬいぐるみ」というのがうまくしゃべれないので、「ぬい」ということにしておく。
チーという名前は、我が輩の飼い主のカーがつけた。カーは人間で、「かりん」という名前のようだが、我が輩のことをチーと呼んでいるので、我が輩はカーと呼んでいる。そもそも、普段から、「かりこ」とか、「かこ」とか、「かっちゃん」とか呼ばれていて、「かりん」なんて呼ばれたことがないのである。
我が輩がこの家にきたのは、去年の十一月のことである。カーのパパのパーが社員旅行に出かけたとき、一緒について行ったカーがじゃんけん大会で当てたのである。
そういうわけで、我が輩はこの家に来ることになってしまった。

カーのママのマーは、我が輩を初めて見たとき、「怖い」と言った。失礼なやつだ。それでも、一緒に暮らすうちに慣れたと言い始めて、今では、我が輩のことを一番かわいいと言う。現金なやつだ。
この家には、ほかにもぬいがいる。カーと同じくらい昔からいる牛のモーと、つい最近やってきた、白イルカのアク、そして、我が輩の弟のターである。
ターはホワイトタイガーである。虎が弟だというのはとんでもないことだと思うが、なんでも、マーが我が輩のことを気に入って、もう一匹同じチーターがほしいと言い出したのである。名前も、チーとターで「チーター」というなんともいい加減な発想で決まってしまった。

ところが、我が輩と同じチーターは売り切れいていた。結局、ホワイトタイガーのぬいになってしまったという次第である。当てが外れてしまったが、タイガーなので、ターでもいいだろうと、そのまま、我が輩の弟になってしまった。
今度もマーはターのことが怖いらしい。ただ、我が輩のときとは違って、いつまでたっても怖いらしい。

我が輩の仲間には牛のモーがいる。しかも、一番の古株である。だから、我が輩とターは牛の肉は食べないことになっている。今のところ、ぬい仲間に豚と鶏はいないので、こちらは食べてもいいことになっている。
牛が食べられないのは、ちょっと厳しいけど、友達なのでしかたがない。白イルカのアクは、もともと小魚しか食べないから平気らしい。
それにしても、そのうち、豚や鶏のぬいが来たら、我が輩は何を食べたらいいのだろうかと、ちょっと気になっている。

ある日のこと、パーが我が輩のおなかにティッシュペーパーの箱を押し込んだ。我が輩は実はぬいではなくて、ティッシュカバーだったのだと、やっと気がついた。
どうりで、ほかのぬいたちと違っておなかの中がすかすかなわけだ。
そして、我が輩はテーブルの上に置かれた。それまで、ぐにゃぐにゃだった我が輩の体に、一本芯が通ってりりしい姿になった。
人間たちが我が輩の背中からティッシュペーパーを取り出すたびに、我が輩は、ただのぬいではないんだと思った。
リビングでは、ターやモーやアクが我が輩の様子を見ていた。うらやましいのかなと思った。なにしろ、我が輩はティッシュカバーなのである。

夜になって、ターが話しかけてきた。どうして、兄弟なのにそっちに行ってしまうんだと言った。
それはしかたがない、なにしろ我が輩はティッシュカバーなのだから、テーブルの上が定位置なのである。普通のぬいのように、リビングに転がっているわけにはいかないのだ。
ターは、なんだか納得していなかった。

ところが、朝になって、カーが我が輩のおなかからティッシュペーパーを取り出してしまった。我が輩はまた、元のぐにゃぐにゃである。いまさら普通のぬいに戻れるか……と、ふと思ったけれど、カーに抱きしめられて、やっぱり、普通のぬいの方がいいかなと思った。
そうだろう……と、ターも言った。結局、我が輩は今でも、仲間のぬいと一緒にリビングに転がっている。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
『我が輩はチーである』 by 麻野なぎ
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(licensed under a CC BY-SA 4.0)

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Nagi -- from Yurihama, Tottori, Japan.
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